第1章
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晩秋の満月の夜、葛城市、加門家。
広大なその屋敷に、塀を乗り越えて侵入する
黒装束を身にまとった人影があった。
彼女は八車文乃。
今度の冬に向けて儀式の準備を続ける文乃は、いくつかの問題にぶつかっていた。
儀式自体の手法は安曇村の中での調査により入手していたが、儀式呪術を行ったことのない文乃にとっては、
その内容を理解し再現し、しかも確実に成功させるのは至難の技である。
そのため、呪術に詳しい者の助けを借りる必要があった。しかし、特にコネを持つわけでもなく、しかも行いたい呪術の内容が内容だけに、通常の手段では助力を得ることは無理。
そこで、文乃は少々手の込んだ手段に出たのである。
ここ葛城市を支配する神楽崎一族は、多くの術者を抱える呪術一族であると同時に、市の近代化を進め傘下の企業も多数運営する、現代的な部分も持ち合わせる。
しかも、トップである加門緋美子という人物は、まだ高校生にすぎない。
このあたりの事情を知った文乃は、助力を求めるに適当とこの一族を選んだ。
第2章
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緋美子の私室。屋敷に住む巫女の一人、犬神くるみが緋美子に呼ばれてやってくる。
くるみ:「緋美子、何の用?」
緋美子:「北側より、斎宮結界の中に誰か侵入した。様子を探って頂戴」
その日、宗主の緋美子は、占いで「招かれざる客来たる」の卦を得ていて、注意をしていた。
くるみ:「わかった」
くるみの霊獣がそこに飛ぶ。浄域であるこの敷地内ではくるみの霊獣は実体をとることはできないが、偵察の任ならば特に不都合はない。
・・・
緋美子:「どう?」
くるみ:「高校生ぐらいの若い女性だね。見覚えはないな。ゆっくりとこちらの方角に向かっている」
緋美子:「そう・・・。そんな娘とは、興味深いわね。でも、何かの陽動の可能性もあるし、さっさと捕まえることにしましょう。
くるみ、優依さんに捕まえるよう伝えて。」
第3章
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早々に侵入がばれている文乃だが、実はそれは大した問題ではなかった。
文乃は盗みや盗聴などを目的に侵入したわけではない。家の主である緋美子に会うのが目的である。捕まって緋美子のところに連れて行かれればそれでよいのである。満月という見つかりやすい時期に侵入したのもそのためである。
屋敷に近づいた文乃は、20mほど先の渡り廊下で、祭服を来た女性が一人、こちらの方に歩いてくるのを見つけた。
文乃は、わざと物音を立てて、彼女に気づかせる。
!?
文乃は目を疑った。向こうにいた女性(優依)は、20mほどの距離を一飛びに跳躍してきたのだ!
いくら高い身体能力を持つ文乃とはいえ、このような神懸かった相手にはかなわない。
文乃は素早く身体を返すが、すぐに押さえ込まれてしまう。
優依:「ここに何のようですかぁ〜? ここは浄域ですから、勝手に入られては困りますよ〜〜」
動きの速さに似合わず寝ぼけたような声を出す優依にとまどいながらも、文乃は用意した答えを返す。
文乃:「私は八車文乃。布瑠家のことで話があります。私を宗主に会わせなさい」
布瑠家とは、かつて神楽崎一族と敵対し、5年前に滅ぼされた一族の名前である。
帰ってきた沈黙に、「布瑠家」のキーワードが効果をあげたことを文乃は確信した。
第4章
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文乃は屋敷の離れにあたる建物に引き立てられ、そこで宗主の緋美子と面会することになった。現れた緋美子の小学生のような容姿に文乃は驚いたが、文乃はそれを隠した。
文乃は、緋美子に自分の村のヤマノカミの話をした。もちろん、「多少の」脚色を加えた上で、であるが。
緋美子:「・・・ふむ。つまり、あんたは、ヤマノカミに対抗する手段が知りたいと。それはわかったが、布瑠家の話はどうなったのかい?」
文乃:「それは宗主殿と会うための口実。本当は、もっといいところを見せてから会見に持ち込みたかったのだけど」
緋美子:「ぬけぬけと言ったものね。ま、わかったわ。ここの文献見ることを許可しましょう。でも、一つ条件」
文乃:「何か?」
緋美子:「あなた、私の愛人になりなさい」
第5章
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文乃はすでに『白子』の入手に成功しているのでその手のこだわりはなく、条件をのんだのだが、
さすがに小学生の女の子のような身体をした相手にそう言われるとは思っていなかった。
ともかく、無事に文乃は加門家に入り込むことに成功し、しばらく居候の身になる。
学校に行かない文乃は費やせる時間が多い。
午前は文献を調べ、午後は初歩的な鎮魂術の修行。そして、夜は、緋美子の言によれば
「必要なコンポーネントが最も少なく、最も小さいコストで最大の効果をあげられる術」である房中術の練習。
そんなこんなで、時がたつ。
2週間経つころには、文乃は儀式の成功を確信できるだけの知識を身につけることができた。
そして、ちょうど2週間後の新月の夜、文乃は加門家から姿を消した。
第6章
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緋美子の立つ廊下にくるみが訪れ、文乃失踪の報告を告げる。
くるみ:「文乃が出てったようだ。まだ遠くないと思うが、緋美子、追うか?」
くるみの霊獣の力を使えば、追いつくのはたやすい。だが、緋美子はなんだか気怠げに首を振る。
緋美子:「・・・いや、その必要はない。」
くるみ:「緋美子、出ていくの知っていたんだろ?」
緋美子:「ああ。」
くるみは、緋美子がなぜ文乃を加門家に留まらせたのか、不思議に思っていた。
その疑問は、なぜくるみを緋美子が加門家に留まらせているのか、と同一の疑問でもある。
だから、くるみはその疑問を口に出すことはできない。
この件で、神楽崎一族は特に損失を受けたわけではないから、別にいいのだろう。
文乃に施した修行は一般的な呼吸術の段階であり、文乃が読んでいた文献は布瑠家から押収したものと緋美子の私的なコレクションの一部で、秘密の流出の心配はない。
くるみ:「愛人に去られて悲しんでいるなんて、らしくないよ緋美子」
緋美子:「あっ、言ったなくるみ! 後で私の部屋に来なさい!」
緋美子の顔に笑いが戻る。
くるみ:「わかりました、斎宮様。」
つられてくるみにも笑いが戻る。
翌日からは、完全に元通りであった。
第7章
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1年後。
「文乃は、俺よりもいろいろな場所知っているよな。なにか面白かったところない?」
行為の後の気怠い時、正士はふと文乃に尋ねた。
そこで文乃は、驚きの連続だった葛城市加門家の体験を語って聞かせることにした。
とはいえ、正士は話を特に聞きたいというわけでなく、なんとなく言ってみただけなので、すぐにうとうとし始める。
やれやれと思った文乃は話を大幅にはしょることにした。
だが、話が房中術の話題に及ぶと正士はすかさず目を開ける。
その話題から外れると正士の目が閉じる。またやれやれと思う。
加門家で最も強く影響を受けたのは性生活かもしれない。性的高揚を駆動力に用いる房中術は、双方の快感を最大限引き出す必要がある。
それはいいのだが、術の遂行のため、術者はその快感に流されることは許されない。
それに慣れてしまったためか、正士との行為では、正士が先にダウンする。なんだか取り残された気分になることがある。
きっとそれは、人を利用しまくった報いなのだろう。
(おわり)