アルtrueED後の甘ったるいSS
いつもと変わらない朝。
我が家唯一の贅沢嗜好品であるインスタントコーヒーをすすりながら、アーカム・アドヴァタイザーに目を通す。
とはいっても一面と三面くらいしか読まないのだが。(探偵としてどうかと思うには思う)
「ふぅん、15区画で破壊ロボ大暴れ…死傷者なし、ね。
ウェストの奴、相も変わらず器用極まる破壊活動っぷりだな。なぁ、アル?」
俺を宿敵だと思いこんでいる世紀の変態科学者の活躍(?)を肴にしようとアルに話を振る。
「……」
アルはパジャマ姿のまま、アーカム・アドヴァタイザーに入っていた折り込み広告を床に広げ熱心に目を通している。
「アル?」
「……」
聞こえてないらしい。
「アールー?」
「……」
一体何を見ているのだろう?『ブラックロッジ』無きこの世界において、
アルをこれほど真剣な目にさせるものがあっただろうか。
そのあまりに深刻な様子に心配になって肩を叩く。
「アル。どうした!?」
「にやぁぁっ!?あ、なななな何だ九郎いきなりっ!」
アルが大慌てで広告の束を背中に隠す。
「いきなりって、さっきから呼んでるじゃないか。で、どうかしたかソレ?」
広告を指さして訊く。
「いや、なんでも! 何でもないぞ!! 汝には関係ない! 毛ほども、微塵も、欠片も関係ない!」
顔が真っ赤に染まっている。どうもコイツは千年生きている割に落ち着きが無さ過ぎる。動揺がありありとワカル。
「そうか。俺には関係ないか」
「うむ。汝は大人しくコーヒーでも啜っておれ」
「…わかった、大人しくコーヒーでも啜ってる」
あっさり引き下がって背を向ける。
ほ。とアルが息をつくのを背中で聞くと同時にボクサーばりのスピードで反転。神速の突きを繰り出す。
「打つべし!」……脳裏に眼帯のチビ親父がなぜか浮かんだ。誰!?
「あっ!」
「甘いな、怪しさ爆発なんだよオマエ」
手にした数枚の広告をひらひらさせながら勝ち誇る。
「どれどれ?」
「こ、こら! 返せ! 卑怯だぞ汝ぇ!」
突きが、蹴りが飛んでくるが俺はそれをひょいひょいかわしながら、順に広告に目を通していく。
『特売・トイレットペーパー、イチキュッパ!!』
コレじゃないな。
『求人案内・破壊ロボに踏みつぶされても生きてるとにかく丈夫な方、警察で楽しく働きませんか!?』
コレでもないな。
『驚異のバストアップ! 極東式豊胸マシーン。一ヶ月でカップがひとつあがる!』
硬直。まさか…コレか? コレなのか?
「……」
「……」
「アル、その…すまん。お前がそんなに」
「……」
「そんなに貧乳を気にしてるとは思わなかった。そんなに貧乳を、それほどまでに貧乳を気にしてるとは!!
だが! 大丈夫だ、俺は気にしてない! いやむしろそれがイイ!!」
広告を返しながら慰めの言葉をかける。
「ち…」
「ち?」
「ちち」
「乳?」
アルは顔を耳まで真っ赤染めながら、ますます柳眉を逆立てる。こめかみに血管ってホントに浮かぶんだなぁ。
そして吹き出る魔力の奔流。背筋を凍らせる馴染みの感覚。ヤバイ…
「違うわ!ぅぉ大ぉうつけぇぇぇぇぇぇえぇぇえええーーーーーーーっ!!!!!」
白濁。
衝撃。
激痛。
あ、父さん母さん久しぶり…
「わわわ妾がそ、そそ、そのような事を気にする訳がなかろう!
いや、それは少しくらい気にするやも知れぬが、断じてそのような機械など欲しがったりせぬわ!!」
「いてぇ…じゃ、何見てたんだよ。…ってコレか」
我が手に残った最後の一枚。
「あ!!」
『華やかに!きらびやかに!アーカムフューチャーモールオープン!
ブティックからレストラン、シネマ、アミューズメント施設まで満載!
恋人との素敵な休日をあなたに』
そういえば、大学の後輩が言っていたのを思い出した。新しくできたアウトレットモール。
端からカップル向けに作られており、デートスポットとして注目を集めている。らしい。
もっとも万年金欠の俺には初めから縁がないと思っていたが。
「あ、あのだな九郎」
「……」
「その、妾はその別に、ソレを見ていたのは深い意味はなくて…」
もはや茹でダコだ。コイツはどうしてこう…微笑ましい。
「いや、だから映画とかだな、観たことがないし、まして、でっデートしたいなど!
腕組んで歩いたりとかしたくないし、一個のパフェをふたりで食べたりなんてもってのほか!!
あまつさえ人混みでこっそりキ、キスとか!! そっそんなのいかんぞ!!
ただ! ただ少し! 少しだけしたいとかしたくないとかっ!」
……したいのか。というか錯乱しすぎだ。
「……」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!! もうよい! 何でもないといったらない!!」
だんだん羞恥に耐えきれなくなったのか、目にうっすら涙を溜めて俺の手から広告をひったくる。
「ほら! さっさと大学に行け! アーミティッジの爺にいびられてくるがいい!!」
「行くか?」
「だからさっさと行けというておる!」
「一緒に行くか。そこ。今から」
「!!!!!!!」
大きな目をさらにめいっぱい開いてアルの動きが止まる。
口元が一瞬緩んだ後、無理矢理といった感じに引き締まった。すこし遅れて首を横にぶんぶん振る。
「な、何でもないといっただろう。別に行きたいだなんてこと!」
引きつってる引きつってる。
「じゃ、やめるか」
なんか苦いモン飲んじゃったような形容しがたい顔になった。面白いなあ。
「いや。な、汝が、ど、どうしてもというなら…行ってやるのもやぶさかではないぞ」
「じゃ……どうしても」
…アルの顔に花が咲いた。ダメだ、俺はどうしてもコレに弱い。
「し、仕方がない。他ならぬ主の頼みだ、行ってやろうではないか。支度をする。汝も早う用意せよ!」
いそいそと着替えに引っ込んでいくアル。
そして
俺は見逃さなかった。その手にしっかり『極東式豊胸マシーン』の広告が握られているのを。
−−こうして俺とアルは初めてデートらしいデートをすることになった。
俺は懐具合と、必ず起こりえるだろう災難と、
多分異常な嗅覚をもって現れるであろう変態白衣と機械娘を心配しつつ講義をサボることにした。
路面電車に揺られて彼の地を目指す。
正直マギウス・スタイルになって飛んでいけば交通費が浮いて
非常に、切実に有難いのだが、それは流石に無粋が過ぎようということくらい俺にもわかる。
「〜♪」
現に隣でご機嫌な顔で脚をぶらぶらさせているアルを見れば、
この選択は間違ってなかったのだと思える。(しかしまるきりガキんちょの動作だ…)
財布の方はかなり悲しいのだが。
−−程なくして路面電車はショッピングモールに到着する。
「成程…こりゃ大したもんだな」
目の前に広がる光景にしばし呆然とする。ギリシャ神殿風の建物の中に所狭しと店が並んでいる。
端は見えないほど広い。
「九郎! 何を呆けておる。早くせぬか」
もう中に入ってやがる。
つーか何だその手の風船は。
「はいはい」
「まったく、汝が言うから仕方なしに! 仕方なしに来てやったのだぞ。しっかりエスコートくらいせぬか」
「わぁーったよ、ったく」
「…あっ!! 九郎! アレ!アレ食べよう! あ、こっちのも面白いぞ、見てみろホレ!」
「ノリノリじゃねぇかよ!!」
モール内部はブティックを中心に雑貨屋やレストランなど、それも総じて洒落た造りのショップが延々と続いている。
カップル向けというのは要するに女性向けなのであって、オトコはオプションに過ぎない。オマケ。付随品。
そんなこともあり、よく見れば女性だけのお客さんもかなりいる。
どーにも俺、場違いだな……小汚い身なりの三流探偵がいていい場所じゃねぇ。
「博士、場違いロボ」
ビクゥ! 今一瞬聞こえてはならない声がした!! かなり遠いが、確かに!!
悪い予感に導かれるまま俺は全力でアルに駆け寄るとそのまま小脇に抱えて一気に奥のほうまで走り抜けた。
「うぬっ!! な、何をする九ろ、むぐぅ…!」
あぶねぇ! こんな所で俺の名前を叫ばれた日にゃ奴等確実に追ってくる! それも全力で!!
いや、奴等だという確証はないが、聞き間違えるとも思えない。
あんな語尾の喋り方をする奴がそうそういるか! いるはずないロボ!
ひとつふたつ角を曲がり、周囲を確認。隊長敵影在りません! となってようやくアルを開放する。
アルが物色していたウサギのぬいぐるみ(似合わねぇ)をそのまま持ってきてしまった気もするが、
この際仕方あるまい。後で支払いに行こう(涙)
「ぷはぁ。何をするか九郎! 恥ずかしいではないかっ。どういうことか説明せよ!」
怒鳴るアル。かなりご立腹のようだが、抱えたうさちゃんのおかげで全然迫力がない。(前言撤回、激しく似合う)
「悪ぃ。ちと見つかりたくない奴がいてな」
「あぁ? 何だそれは?」
眉をひそめる。言わない方がいいだろう。せっかくのデートだ、奴等の名前を出して水をさしたくない。
「まぁいいじゃないか。えーと、ほら、クレープでも食おうぜ。な?」
「んん〜? 何ぞ怪しい匂いがするが…。まあ良い、妾はいちごチョコクリームな」
「了解」
食い物で篭絡できるあたりがお手軽で非常に良いぞ。
「Lサイズでな」
「Lかよ……」微妙に手強い。
はむはむはむ。てくてくてく。むぐむぐむぐ。てくてくてく。
クレープを頬張りながらモールを散策。
ブティックで服を『見たり』、雑貨屋で小物を『見たり』、アクセサリーショップで指輪を『見たり』した。
見るだけ。仕方ないだろうが、こっちは赤貧学生探偵しかも三流、なんだよ。
アウトレットとはいえブランドもんやら何やらばっかりのこんな所で買い物なんざできよう筈もない。
「この甲斐性無しが。妾に貢ぎ物のひとつもできんのか」
などと悪態をつきながらも店を回るアルは楽しそうだった。
「どうだ? 似合うか九郎?」
時折帽子をかぶってみたり、眼鏡をかけてみたりして浮かれている。これはこれでいいか、という気もしてくる。
そして今アルは俺の少し後ろをぴこぴこ着いてきている。
先程からなんだか妙におとなしい。不気味なくらい。ひょっとしてどこかで機嫌悪くしたか?
気になって振り返ると、アルは周りの人々を眩しそうに眺めていた。
愛しいものを見るような眼で。
その姿がひどく儚げで、その翡翠の瞳に憂いを帯びて、それでいてとても優しくて…
なんだか胸が高鳴った。
ただ…ただ口の周りがクリームとチョコでベトベトで、えらい台無しだったが。
「九郎」
「あ?」
「妾等も皆からはああいう風にみえるのかな」
「さあな、わかんね」
「そうか」
正直に答える。アルは少し落胆の表情を見せた後、
「腕…」
「え?」
「うぅ〜、うっ、腕を…腕を組んでもよいか?」
視線をそらし真っ赤になって問う。もちろん断る理由もない。俺は黙って左腕を差し出す。
「ほれ」
「ぁ」
安堵の微笑を浮かべて、おずおずと手を伸ばしてくる。
指がシャツに触れ、細い腕が俺の腕に絡む。その瞬間。
「あ。ダーリン発見ロボ」
「ぬ。おぉぉぉぉ! あれはまさに宿敵大十字九郎!!そしてアル・アジフ!!」
………………やっぱ出た。もうなんていうか言葉もねえ。
「此処で会ったが、4日と3時間20分目と少しロボ! やはり運命ロボ♪」
「うぬぬぬぬ先日の屈辱をハラショー! 覚悟するのであーる!! ダスビダーニャだにゃー!!」
「何がだにゃーだ! 変態科学者! 街中で白衣なんぞ着込みおってからに!」
そこにいたのは明らかに周囲と浮きまくりの白衣ギターの変人と、一見普通の美少女の二人組。
いわずと知れた…だな。
ああ、そろそろ出るとは思ってたけどな、SSだしな、簡潔にしようと思ったら仕方ねえタイミングだろうよ。
だがなあ、間が悪すぎんだよ!テメエら!!
自分からモジモジ『お願い』するアルがどれだけ希少かわかってんのか!?
めったに見れねえんだぞ! オオサンショウウオもびっくりの天然記念だぞ!
もうトサカに来た! ぶちのめしてやる! 特に科学者のほうを念入りに! こってりと! もう決めた。そう決めた。が
「九郎!」
「え?」
突然アルが俺の手を引いて脱兎のごとく走り出した。
「ぬぁ!? 逃げるか、大十字九郎!!??」
「ま、待つロボダーリン!!」
驚いたのは奴等だけじゃない。俺も一緒だった。
いつもならアルのほうが先にキレて魔術のひとつふたつブッ放してる局面だった。
アルは止まらない。俺の手をしっかり掴んで走り続ける。
「お、おい!アル!」
「〜〜〜〜〜〜!」
返事はない。アルは止まらない。人混みをすり抜けるようにして走り続ける。いったいどうしたというのであろう。
だが、ウェストの奴はともかくエルザはそうそう簡単に振り切れるものではない。次第に差が詰まってくる。
「ダぁぁぁぁリぃぃぃぃン! エルザの愛を受け取るロボー!」 その狂気で凶器のトンファーを愛とぬかすかっ!
真剣なアルの横顔が見えた。そうか。よくわかんねえけど、お前が逃げたいってんなら…!
ニトクリスの鏡!!
「ロォーーーボォーーー」
「ぜひゅ〜ぜひゅ〜、けふっ!ま、待つのだエルザぁ〜」
−−ウェスト達は偽者の俺たちを追ってあさっての方向へ去っていった。
「はぁ、はぁ。撒いたか?」
肩で息をしながらアルが訊いてくる。
「あぁ、とりあえずはな。でもどうした? いきなり逃げ出すなんて、お前らしくもない」
「…ぃ……ヵ…」
ぼそぼそと何か言う。
「え、何だって?」
「だって! だって勿体無いではないか!
せっかく、せっかく九郎がでっ、デートに連れて来てくれたのに!
あんな珍妙なのに邪魔されてなるものか! 今日の九郎は妾だけの物ぞ!
ドンパチやったら台無しではないか!」
あーぁ、また真っ赤だよ。ウブにもほどがあるなコイツは。
あまりにいじらしいことを言うので何となく可笑しくなってきた。
「ふっ、ふふ、はは、ははははははは!あはははははは!」
「な、何が可笑しい!」
きっ、と潤んだ瞳で睨みつけてくる。
「いや。お前って時々猛烈に可愛いなって思ってさ、くっくっく」
「なっ、なななな、なぁ〜〜〜! ばばば馬鹿にしておるのか汝はぁ!」
「いやいやいや。滅相もない。褒めてんだよ。
よし、そういうことなら、行くか。撒いて撒いて撒きまくってやろうぜ。
せっかく来たんだ。思い切り満喫してやろうじゃないか、な?」
「……………ああ!」
満面の笑み。不敵で悪戯めいた、心底楽しそうな笑み。これがアルだ。
どうやら俺たちは多少のスリルなくして燃え上がれない口らしい。
アルは今度は何の遠慮も躊躇もなく俺の腕を取った。
……結局、幾度かの接触と逃亡を繰り返したのち、
「汝等ああああああ! 大概にしろおおおおお!」(やっぱり我慢できませんでした。)
最後は例によって破壊ロボの爆発、大破、炎上、奴等逃亡。で幕を閉じる訳だが。
路面電車に揺られて我が家を目指す。
正直破壊ロボをぶっ潰す際、マギウス・スタイルになっているので
そのまま飛んで帰れば交通費が浮(以下略)
「むくー」隣ではふくれっ面でアルが脚をぶらぶらさせている。(やはりガキんちょだ)
「アル…、悪い。結局やっちまった…」
「む。良い、別に汝のせいではない。まったくもって『いつも通り』ではないか、汝は良くやってくれた」
そうは言うが放つ空気は実に剣呑だ。正直隣にいるのはかなり針のむしろだ。
「でもなあ、ほら映画もパフェもできんかったしな」
「よっ、良いというておる。…ま、そうさな、この埋め合わせはまたどこかでしてもらうさ」
無理やり笑顔を作る。実に痛烈な苦笑いにしかなっていないが。
「どこかでね…例えば?」
「例えば…ふむ。そうさな」
しばらく思案する風に腕を組んで、そして
ニヤリ。悪戯っぽく笑う。ヤバイ、何かたくらんでる顔だ。
「ふふふふふ、ちょっと耳を貸せ」
何だ!その怪しい笑みは!!
得体の知れない恐怖に怯えながら言われるがまま横顔を近づける。
アルが口に手を添え、耳に顔を寄せて…
「あのな…」
そのまま前に回り込んだ。
ふに。
柔らかな感触と甘いにおい。唇に。
「!!!?」
…呆然。 それはほんのわずかの時間だった。気付くとアルは元の場所に戻っていた。
「いくら汝が底無しの甲斐性無しだとしても、金のかからない事くらいしてもらわねばな。ふふん」
「〜〜〜〜〜〜!!」
何だ!その勝ち誇った笑みは!!
自分の顔が紅潮していくのが解る。アルはアルで、例の如く耳まで朱に染めている。表情だけはふてぶてしいが。
「ま、今日は今日でそれなりに楽しかったぞ。また来ようではないか、ん?」
艶然と微笑んで俺の目を覗き込む。綺麗な翡翠の瞳に射抜かれ、ますます紅潮する俺の頬。ま、魔女め。
以前コイツを一生振り回してやろうと心に決めていたが
……どうやら振り回されるのは俺の方になりそうだ。
−−「九郎とアルがちゅーしたぞ!」「どきどき」「こーぜんわいせつー」「くくくく九郎ちゃん、卑猥です犯罪です淫行ですぅ!」
「いたのかよ!!!!!」
…今日一日で良く解った。神様は相当俺が嫌いなのだと。
−−程なくして路面電車は我が家の近くへと到着する。