「AD2020.10.23」

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(兄さんは、まだ事情聴取中でしょうか・・・・)
あの日から数日目の午後、私はカーテンを見ながら溜め息をつきました・・・・。
ここ数日、アパートからも出られず、窓からの景色も見られません。外はマスコミの人たちでいっぱい、
住人の人たちまでも時折インタビューを受けています。もしも私が外出しようとしたら、きっと不必要
な注目を浴びてしまうでしょう。
『外出してはならない』・・・・状況分析クラスタ、行動選択クラスタ等々、関係クラスタが下す冷静な判
断さえ、私には切なく感じられます。
(寂しい・・・・)そんな思いがふと『心』に浮かびますが、それを言葉にするのはなぜか憚られました。

私は膝上のエテコウに話しかけていました。
「退屈ですね・・・・エテコウ?」
「ウキー・・・・」私を見上げ、エテコウも悲しげに言葉を返します。
「そう、貴方も・・・・」
「早く兄さんが帰る時間にならないかしら・・・・」エテコウを撫でながら、私は独り言ちました。

そんなとき、エテコウを介し電話が入りました。きっと兄さんから・・・・電覚を介さずに連絡をとってき
たのは用心のためでしょう。
「はい、友永です」連絡があるとしたら兄さんからだけなのですが、私は苗字を名乗りました。
『家』にかかって来た電話には「友永です」と名乗りたかったから・・・・。

『遥香、どうしたの・・・・今、いいかな?』兄さんがこちらの様子を尋ねてきます。
「あ、兄さん・・・・ごめんなさい。もう帰って来られるのですか?」尋ねる私の声は、つい弾みます。
『いや、まだ駄目だよ。ほら、時間をかけて話をまとめてるから・・・・』
「あ・・・・。はい、そうでしたね」担当官が純子さんなので本当はもう聴き取り調査は不要だけど、「警
察に怪しまれないように時間がかかるふりをするから」と兄さんは昨日仰ってました・・・・。

兄さんが話を続けます。
「それで、遥香。今日、佐知美さんが遊びに行きたいって。今、僕と純子さんのところに佐知美さんか
ら電話があって」
(佐知美さんのお仕事だろうか?)
「取材・・・・ですか?」
「いや。僕もそう聞き返しちゃったんだけど、見損なわないでって佐知美さんに叱られた・・・・。友達の
和樹君と遥香ちゃんのお見舞いだって」
「お見舞いですか・・・・?」

【見舞い:(そこに行って)無事かどうかを尋ねること。狭義では災害や病気・不況に苦しむ人を慰問
することを指す】
疑問を持つ私の思考に反応して、データベースが瞬時に言葉の意味を検索、提示。
国語辞典の定義ならいくらでも私は『知っている』・・・・本当の"お見舞い"を私は知らないのに。

でも・・・・。
「なんだか楽しそうですね」
「そうだね」兄さんが優しく言いました。その物言いはまるで、小さな子をあやすようです。・・・・兄さ
んはときどき、私を年端も行かない子供のように扱うことがある・・・・和樹クラスタが報告してきていま
した。
「僕はすぐには帰れないけれど・・・・。遥香、佐知美さんが行っても大丈夫かな?」
「はい。大丈夫です、佐知美さんに、是非いらして下さいと伝えて下さい」
「わかった。そう伝えておく」
「はい。お願いします、兄さん」
「うん。じゃ、切るよ」そう言って、兄さんは通話を切った。

「えっと・・・・部屋の片付けくらいはしておこうかしら?」
「ウキッ」
「そうですね」賛成してくれたエテコウと一緒に、私はお掃除に取り掛かりました。
・・・・・・・。
・・・・・・・。


数十分後、インターフォンからチャイムが聞こえ、声が響きます。
「佐知美で〜すっ!!」佐知美さん固有の声紋と一致・・・・佐知美さんです。
「はい、お待ちください」
インターフォンを通じ言った後、私はドアのロックを解除しました。
「こんにちはー」
「はーいっ」私は出迎えのため玄関に向かいます。
「あらっ、わざわざのお出迎え? うれしいわ〜」佐知美さんがいらっしゃいました。
「いらっしゃいませ、佐知美さん」
「遥香ちゃん、元気してた〜? アタシは元気ですっ! なんちゃっておほほほっ」口に手を当てて、
佐知美さんが笑います・・・・。
『佐知美さんはいつもテンションが高い』既知の情報として佐知美クラスタから報告。以前、その分析
もしてみましたが、今のところ理解不能という結論でした。でも、そんな佐知美さんがいることで周り
の人は救われますし・・・・もしかしたら、佐知美さんの精神高揚の高さは複雑な感情を背景にするものか
もしれない・・・・私はそう推量しています。

「散らかってますけど、どうぞお上がりください」
「あ、ちょっと待って・・・・荷物があるの」
佐知美さんはなぜか紙袋を一つ、二つ、三つ・・・・ドアの外に置いていたものを部屋に搬入しました。
「あの・・・・それは?」
「うふふ、あとで見せるわね」楽しそうに私に微笑む佐知美さん・・・・。
「はい・・・・」いったい何でしょうか?
「お邪魔しまーす」
紙袋を両手に持ち、応接間兼寝室に進む佐知美さん。首をひねりながら、私はその後に続きました。
・・・・・・・・。


「粗茶ですが」これも私が初めて経験する言葉の一つです。
お客様がいる会話の中でのみ成立する文章・・・・そう思うと、どこか不思議です。
「んまっ、礼儀正しい良い子ねえ〜!? ・・・・可愛いから、お小遣いをあげちゃおうかしら?」
佐知美さんが大仰に驚き、お財布を取り出してみせます。
「ふふっ・・・・なんか、おばさんクサいです」私はつい笑ってしまいます。
「あー・・・・おばさんクサい? ・・・・がっくり」首をうなだれる佐知美さん・・・・。
悪いことを言ってしまった・・・・?
「あ・・・・すみません。そういうつもりじゃ・・・・」
「まあ、遥香ちゃんからしたら、赤ちゃん以外みんなおばさんみたいなもんだから」
佐知美さんは苦笑いをしていました。

「でも、外にも出られず大変ねぇ・・・・」外の喧騒を指しての、佐知美さんの言葉。
「ああいうのが私の仕事なんだけど、さすがにみんなにすまなく思っちゃうわね・・・・」
「私はいいんですけれど、兄さんが辛そうで・・・・。お友達が困っているんじゃないかと・・・・」
兄さんは、時々憂鬱な表情をしているときがあります。私と話しているときは、あまりそうではないの
だけれど。兄さんは優しいから、きっと私に気を使って・・・・。

「遥香ちゃんも退屈じゃない?」
「いえ、私は・・・・何もかも新しいことばかりですから。それに」
兄さんがいてくれるから・・・・他には何も・・・・。
「それに、何・・・・?」
「あ、なんでもないです・・・・」そう言いながら、私は否定の意を込めて佐知美さんに右手の平を振りま
した。


・・・・佐知美さんが、いたずらっぽく横目で私を見ます。
「うぷぷっ・・・・」
「え? どうかしましたか・・・・?」
「いや〜、『それに、兄さんと一緒に居られるから』とかなんとか、遥香ちゃんが思っているな〜って
・・・・くすっ」
「そ、そんな・・・・」
「顔に書いてあるわよ?」佐知美さんがにこにこと私を見つめてきます。
私は急いで両手で頬をこすりました。
「う、嘘です??」もしかしたら、私の顔は赤くなっているかもしれません。
「あはははっ。本当に、あなた達兄妹は嘘が下手ねえ〜」
「もうっ・・・・変なこと言わないで下さい、佐知美さんっ」私は恥ずかしくて、俯いてしまいました・・・・。

「でね、今日は兄思いの遥香ちゃんのために、お土産を持ってきたのようー」
佐知美さんが、さきほどの紙袋を手元に寄せます。
「お土産ですか・・・・?」
ごそごそ・・・・。
「はい、これよ」
「あ、それは・・・・」
紙袋から取り出して佐知美さんが示したものは、学園の女子用の制服でした。
「和樹君の通っている学園の制服。見たことあるでしょ?」
「はい。でも、どうして・・・・?」
「遥香ちゃんが着たらどうかって。きっと似合うし・・・・で、その姿を和樹君に見せたあげたら、きっと
和樹君も喜ぶわって思ってね。どう?」
佐知美さんが上着を広げて、私に示す。
「え・・・・」私は一瞬言葉に詰まる。
着てみたい・・・・。それに、本当に兄さんは喜んでくれるでしょうか。でも、恥ずかしい気も・・・・。
「どうかしら? それとも、もしかして嫌?」佐知美さんが心配そうな顔をして私を見ます。


「う・・・・うれしいです・・・・」本当に嬉しいです・・・・。
(どうして兄さんのお友達は優しい人ばかりなんでしょうか。)
そう思う私の頬を『涙』が伝っていました。
、私は佐知美さんに手伝ってもらいながら制服を身に付けます。
・・・・・・・・。
・・・・・・・・。

制服を着て、私は鏡の前に『立ち』ました。姿見が可能な鏡はこの家にはないけれど、部分部分の鏡像
を処理して私は無機頭脳内に全身の制服姿をイメージすることもできました。
私はしばらくの間飽きることなく、鏡に映る自分の姿と、立体像の自分を眺めました。
「どうかしら?」佐知美さんが尋ねてきます。
「素敵な制服です・・・・」胸がいっぱいで、それ以上言葉が紡げません。
「んーっ・・・・。ここまで喜んでもらえると、持ってきた甲斐があったってもんね」佐知美さんが感慨深
そうに言いました。
「それじゃあ、ビデオに撮っておきましょうか」
「はい、お願いします」私の姿を佐知美さんが、ビデオに撮り始めます。
今晩、兄さんにも見てもらおう。・・・・兄さんはどんな感想を抱くのでしょうか?

お礼を言わなくちゃ・・・・。ビデオ撮影が終わったらそうしようと思っていましたが、撮影が終わった佐
知美さんの言葉は次のものでした。
「じゃあ、次に行きましょう」
「え、次ですか・・・・」まだ他にあるのですか・・・・!?
私は、わくわくして期待に胸を躍らせます・・・・。

テーブルの前に座り直した佐知美さんが、次の紙袋を手にします。
ごそごそ・・・・。
「次は、これね」
「そ、それは・・・・?」


「た・い・い・く・ぎ、よ。遥香ちゃん」
佐知美さんが、私に上着といわゆるブルマを提示し、にっこり笑いました。
「え、あの・・・・」
(制服ほど、素直に喜べないのはどうしてだろう・・・・。)私の内部に、そんな疑問が提議されていまし
た。

脈絡もなく私は尋ねていました。
「これは何かの・・・・罰ゲームでしょうか?」
「ちがうわよ〜」にこにこしながら、佐知美さんが首を振りました。・・・・罰ゲームではないようです。
ためらいながらも、私はさらに疑問を口にしました。
「えっと、その・・・・。なにかエッチな感じがするのですが・・・・この感情はおかしいでしょうか?」
体操着を着ることを考えると恥ずかしさが募ります。情報クラスタも『ちょっとエッチではないか』と
報告してきています・・・・。
「それは、おかしいわよ」にこにこしながら、即座に佐知美さんがきっぱりと断言します。
・・・・目が笑ってないです、佐知美さん。
「そ、そうでしょうか、でも・・・・」

そんな私に対して、佐知美さんが真顔で言いました。
「いい、世の中の女の子はこれをつけて体育の授業を受けてるのよ。まあ、一部の学校では廃止されち
ゃったけど。和樹君のクラスの子だって、深佳ちゃんだってこの格好で授業受けてるんだから〜」
「それは、そうですけど・・・・」
私の反応に佐知美さんが悲しげに下を向きます・・・・。
佐知美さん・・・・。

「和樹君だって、きっと喜ぶんだから・・・・」佐知美さんがぽつりと呟きました。
「着てみます!」・・・・佐知美さんの言葉に、何故か即答する私がいました。
「そうそう、レッツチャレンジよん!!」


佐知美さんが、してやったりとばかりに微笑みます。
(私、騙されてる・・・・・・・?)
疑問を感じつつも、私は佐知美さんに手伝ってもらいながら体操着を身に付けます。
・・・・・・・・。
・・・・・・・・。

とにかく、着てみましたが・・・・。
「こ、これは・・・・?」上着に『4−3 友永』とゼッケンが貼ってありますが・・・・。
「ああ、それは・・・・そう、雰囲気作り」言葉を捜すように考えた後、佐知美さんが言いました。
「倦怠期とかに効くっていう話よ、おほほほ」
「倦怠期ですか・・・・? 勉強になるような気がします・・・・」
よくわかりません・・・・しかし、私はとりあえず頷きました。
「奥が深いから。まあ、その辺はおいおいと」
「はあ・・・・。奥が深い・・・・ですか」私の経験と頭脳では、今一歩理解不能です・・・・。

「どう、遥香ちゃん? この格好で校庭を走り回るわけ」
「なんだか、不安です」
「何が?」
「太股や腕が、スースーする感じがして・・・・名札も何て言うか・・・・イケナイ気がしますし」
「・・・・ああ、可愛い姿を和樹君に見せてあげたいわー・・・・」
佐知美さんは、人の話を聞いていないようです。

「この姿で校庭を走り回る遥香ちゃん・・・・きっとみんながモエモエよ、あ〜んっ!!』
その佐知美さんの言葉に、ふと思い出してしまいます。
『私は歩行できるようになるのだろうか?』そのことを思うと私は少し悲しくなってしまいました。
「走れたらいい、ですね・・・・」
「ほらほら、落ち込まないっ。足が治ったら、走れるようになるわよ」
「なるでしょうか・・・・」


「そのうち、縦横無尽に、無人の野を行くが如く、遮るもの皆なぎ倒すくらいの勢いで走れるから」
佐知美さんが私を励まします。
「ふふっ・・・・その走り方では、私あまり可愛くなさそうですね・・・・」
あはは、と佐知美さんが笑いました。
(ありがとう、佐知美さん)と私は心の中でつぶやきました・・・・。

「それじゃあ、ビデオに撮っておきましょうか」
「あ・・・・えっと・・・・お願いします」私の姿を佐知美さんが、ビデオに撮り始めます。
今晩、兄さんに見てもらう・・・・そう思うと私の頬は赤く染まっていました。
・・・・ビデオの私は、初めから終わりまで、照れているものになってしまいました。
疲れました・・・・。

ビデオ撮影が終わったら解放されるものと思っていましたが、撮影が終わった佐知美さんの言葉は次の
ものでした。
「じゃあ、次に行きましょう」
「え、まだあるのですか・・・・」
私は、もう十分ですと言おうとしたのですが・・・・。
それより早く、佐知美さんがさらに次の紙袋を手にしていました。
(はわ、わ・・・・)

ごそごそ・・・・。
「はい、これ」
「・・・・・・・・」音声処理機能がうまく働きませんでした・・・・。
「ね、可愛いでしょう?」
「か、可愛いですけど・・・・これは?」


「スモックと言うものなの、知ってる?」
黄色い帽子と水色のスモック。情報クラスタが『幼稚園の子供が着る服』と報告。
「た、確かにそうなんですが・・・・・・・・」
『全クラスタの処理速度が落ちている』と自己診断クラスタが報告。
私は、どう反応したらよいのでしょうか・・・・最適な行動が選択できません。
「・・・・お〜い、遥香ちゃん。聞いてる?」
「これ、私が着るのですか・・・・?」
「うん、着るの」スモックを手にして微笑む佐知美さんが目の前にいました。

体操着以上に、素直に喜べないのはどうしてでしょうか・・・・。頬から火が出そうです・・・・。
同時に、危機を認識して内部のクラスタが活発に動き出していました。
 危機管理クラスタが速やかに立ち上がりました。
 危機状況把握クラスタが、現場放棄を勧告してきました。
 警戒クラスタが速やかに立ち上がりました。
 状況認識クラスタが戸惑っています。
 行動選択クラスタが『着ない』を示しています。
 人格形成クラスタが『人として間違っていないか?』と疑問を提議してきています。
 ・・・・・・・。
 ・・・・・・・。
でも『和樹クラスタ』が着てはどうかと、控えめながらも推奨していました・・・・。

私はおずおずと佐知美さんに訊きました。
「罰ゲーム・・・・?」
「違うって」
「ど、度胸試し・・・・?」
「それも違うわ」
「じゃ、じゃあ・・・・辱しめ?」
「・・・・・・ぷっ」佐知美さんは両手で口を押さえて、笑いをこらえているように見えました。


それに、それに・・・・。
「・・・・この服なにか・・・・その・・・・とてもエッチな感じがするのですが・・・・この感情はおかしいでしょう
か」
「とてもおかしいわよ」即座に佐知美さんがきっぱりと断言します。
「そ、そうでしょうか、でも・・・・」

「いい、遥香ちゃん? どんなものでも、視る人によってエッチかどうかなんて決まるもの、でしょ?
 エッチな人が見れば、エッチなわけ」
「それは・・・・そうですけれど」
「でしょう? 和樹君はエッチなわけ・・・・? あらっ!? それとも、和樹君は遥香ちゃんにエッチな
ことしようとしたりなんかして?」
「そんな・・・・兄さんは、エッチなんかじゃありません」

「それにね、本当は・・・・こういうことであなたたち兄妹の思い出が増えるかなって・・・・。あはは・・・・ち
ょっとやりすぎだったかもね」そう言うと、佐知美さんが項垂れました。
「ごめんね・・・・無理強いしちゃって。迷惑だったわよね・・・・」

佐知美さんの悲しげな態度に私は慌ててしまいました。
「そ、そんなことありません・・・・」
「え!?」
「佐知美さんのお気遣い、とても嬉しいです」
「本当?」上目遣いに私をみる佐知美さん。
「本当です。だからそんな、お気になさらないで・・・・」
私が言葉を言い終わらないうちに、我が意を得たりとばかりに、佐知美さんが頷きます。
「じゃあ、着てみましょうか?」笑顔を取り戻した佐知美さんが言った。
(あう〜・・・・)
結局、着てみることになってしまいました・・・・。
(私、やっぱり騙されてる・・・・・・・?)
・・・・・・・・。
・・・・・・・・。


とにかく、着てみましたが・・・・。
「・・・・・・・」声もありません。絶対、これは何かの間違いです・・・・。
「可愛いわ、遥香ちゃん」確かに可愛いと言えなくもないでしょうけれど・・・・。
「この姿を和樹君が見たら、きっと」
「だ、だめです。やめてくださいっ」私の頬を涙が伝っていました。
私の内部の関係クラスタが『非常識』『破廉恥』『コスチュ−ムプレイに相当』『幼女性愛者の好む服
装』・・・・侮蔑的な報告をして来ていました。
「こんな格好・・・・ひっく・・・・見せられません・・・・うくっ」

「え、遥香ちゃん、恥ずかしいなんて思ってるの!?」
「と、当然です。だって私、そんな年じゃないし、常識だってあるんです・・・・ぐすっ」
私には、兄さんとおよそ同年齢の精神年齢が設定されています。
「佐知美さん、あんまり私をからかわないで・・・・下さい・・・・」
悲しい気持ちを抑えようとしながら、私は佐知美さんに訴えました。

「違うわ、遥香ちゃん・・・・」佐知美さんが私を諭すように、穏やかに言いました。
「遥香ちゃんは、この世界に生まれでて、まだ・・・・」
「6日です・・・・」
「でしょう? 遥香ちゃんと和樹君は、他の兄妹がしてきたことを経験していないの」
「それは、そうですけど・・・・」
「どんなお兄さんだって、妹の成長を喜ぶものなのよ。妹が生まれたときから、大きくなっていく姿を
見守って、嬉しく思うのよ。・・・・でも、2人にはそれがないから、私いろいろ考えて」
そうだったのですか。・・・・それでも、やっぱり・・・・。

「方法が間違っているのではないでしょうか」私は疑問を口にしました。
「方法?」
「このスモックはあまりに、常識からはかけ離れていると判断します。データベースによる情報検索に
よっても・・・・」


私の言葉を遮る形で、佐知美さんが発言しました。
「う〜ん、常識かあ・・・・。遥香ちゃん、常識とか情報とか、年齢とかこだわっちゃだめ。遥香ちゃんは
生まれたてなのよ?」
「はい・・・・」
「それに、人や人生って『常識』『情報』『年齢』・・・・そういうものに縛られてしまってはいけないと
思うの、何も出来なくなっちゃうし、周りの人も理解できなくなっちゃうし、人のために何かすること
ができなくなっちゃうの・・・・」悲しそうに佐知美さんが言った。
「私も、昔ね・・・・そう思っちゃったのね・・・・それで」そう言って、佐知美さんが目を伏せる。・・・・床に
水滴がポツリと落ちた。
「佐知美さん・・・・」何か悲しいことが過去にあったのでしょうか・・・・私には、それを問うことは出来ま
せんでした。
意を決したように佐知美さんが顔を上げ言いました。
「だから・・・・あなたは常識に、情報に、年齢にとらわれちゃ駄目。いい? 」
「はい・・・・でも、どうすれば・・・・?」
「信じるの」
やや論理展開に無理があるような気がしましたが、私は『迫力』に押されてしまいます。これが説得力
というものでしょうか・・・・。
「信じるですか・・・・でも、むずかしいです」
「うーん・・・・。そうね、いいこと教えてあげる。暗示を自分にかけてみたらどうかしら? 頭の中で強
く何度も念じるの、そうすると自分が信じられる。できないこともできるようになるっていうことがあ
るの。スポーツ選手のイメージトレーニングとか」
「知ってはいますけど・・・・」
「じゃあ、まず1分間、自分の頭の中で『私はちっちゃな女の子』って思ってみて」
「はい・・・・」
しぶしぶながら、私は佐知美さんの言う通りにしてみることを承認、実行に移しました。
『私はちっちゃな女の子』
『私はちっちゃな女の子』
・・・・・・・・。
・・・・・・・・。


「どう、遥香ちゃん?」佐知美おばちゃんのこえがしたので、わたしは目をあけた。
「え、なあに? 佐知美おばちゃん?」
「お、おばちゃん・・・・!?」佐知美おばちゃんが、おどろいている。
「くすくす」おかしくて、わたしは笑っちゃった。
「遥香ちゃん・・・・。ちょっとちょっと!?」
「くすくす・・・・」

「えっと・・・・遥香ちゃんは、いくつかな?」
「はるかは5つだよ。ようちえんで、来年はねんちょうさんなの」
「うあっ!! ・・・・思い込み激しすぎ。たった1分なのよ、どど、どうして・・・・。まさか・・・・??」
佐知美おばちゃんがわたしにたずねる。
「あの、遥香ちゃん? 1分の間に何回考えられたのかな?」
「んとね、だいたい1おく回・・・・はるか、がんばったんだから。えへへ」いっしょうけんめい考えたん
だから。
「たはー・・・・スーパーコンピューターだったわ、この子・・・・。そんなに繰り返したら洗脳と同じよねえ
・・・・とほほ・・・・」佐知美おばちゃんが、頭をかかえ、がくりと床にひざをついた。

おばちゃん、とても元気ない・・・・。どうしたのかな?

「だいじょうぶ? どっか痛いの?」わたしはおばちゃんが心配だった。
「いい子いい子したら、痛いのなおるからね・・・・」車いすでとなりによって、わたしはおばちゃんの頭
をなでた。
「あ・・・・!? ・・・・ぐすっ・・・・」佐知美おばちゃんが泣きだしてしまった・・・・。
「痛いの?」わたしは、いっしょうけんめいなでつづける。
「・・・・・・・」
「まだ痛い、おばちゃん?」
「・・・・・・・」
「痛いの飛んでった? おばちゃん?」
「・・・・・・・泣いてちゃだめよね」おばちゃんがそうつぶやいた。


「・・・・うん。もう大丈夫よ、遥香ちゃん」やっと佐知美おばちゃんが笑ってくれた。
「ほんと?」
「本当。もうどこも痛くないわ、遥香ちゃんがいい子いい子してくれたから」
「よかったあ」とてもうれしかった。おばちゃんが泣き止んだこと、おばちゃんの役に立ったことがと
てもうれしかった。
「遥香ちゃんはいい子ねえ」佐知美おばちゃんはそう言いながら、私の頭をなでる。
「てへへ」
私をなでながら、おばちゃんは何かをつぶやいていた。
「私も女よ、覚悟は決めたわっ。もし、遥香ちゃんが元に戻らなかったら私の娘として育てるわ。
・・・・結婚前に娘ができる。なんて幸せなのかしらっ!? 女冥利に尽きるって奴よ」

・・・・もうお兄ちゃんが帰ってくるころじゃないかなあ・・・・。
「ねえ、佐知美おばちゃん? お兄ちゃん、そろそろ帰ってくる?」
「あ、和樹君・・・・そうね、お兄ちゃん帰ってくるころよね。やっぱり怒られるかなあ・・・・」おばちゃん
がまた元気がなくなったような気がする。
「お兄ちゃんに、はるか言うから。おばちゃんをおこらないでって言うから。だから、元気出して?」
「ううっ、この子は・・・・。大丈夫よ、はるかちゃん。お兄ちゃんはおばちゃんのことを怒ったりしない
から」
「ほんと?」
「本当・・・・」佐知美おばちゃんは、そう言ってはるかのほっぺたをつついた。

「そうだ、遥香ちゃん。お兄ちゃんが帰ってきたら、ただいまの挨拶をしておどろかせちゃおうか?」
おばちゃんが、ほほえみながら私の顔をのぞきこむ。
「うんっ!」お兄ちゃんをおどろかせる・・・・とてもすてきな考えだとおもった。
おばちゃんが、お兄ちゃんに電話する。
・・・・・・・・。
・・・・・・・・。


「お兄ちゃんが帰ってくるまで、後10分くらいだって」
「どうしよっか?」
「うーん・・・・」
「玄関の脇に隠れていよっか」
とてもいいかんがえを思いつき、私は佐知美おばちゃんに話した。
「うん・・・・。そうだ、でねでね・・・・お兄ちゃんに内緒のお話があるってはるかが言って・・・・それでね、
おにいちゃんがはるかに耳を近づけたら・・・・」
「うん、近づけたら・・・・?」
「あ、でもでも、今は内緒なの」
「そっか、ないしょなのか〜」おばちゃんがほほえんだ。
「遥香ちゃんはお兄ちゃんが大好きなのね・・・・」
「うん・・・・」どうしてか、わたしのお顔はとても熱くなった。

「ただいま」外からお兄ちゃんの声が聞こえた。
「あ、帰ってきたよ。早く早く」わたしと佐知美おばちゃんは玄関にいそいだ。
ドアが開く。
「佐知美さん? 遥香!?」
お兄ちゃんがようちえんの服を着たわたしを見ておどろいている。
佐知美おばちゃんがお兄ちゃんにいった。
「和樹君、遥香ちゃんが内緒の話があるから、ちょっと耳を貸してって」
「え・・・・?? 何、遥香?」お兄ちゃんがわたしに耳を近づけた・・・・。

私はお兄ちゃんの耳にささやいた。
「おにいちゃん、おかえりなさい。それから・・・・」
わたしはおにいちゃんのほっぺにくちびるをあてた。
ちゅっ。
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