ふたりの居場所
決して離してはいけない手を、離してしまった。
そんな焦燥感、そして喪失感。僕は……
「……というお話。変だよね?」
「あなたが変なのは元からだけど、確かに何かを暗示してるみたいな夢ね」
寝起きの悪いアリスは、ちょっと不機嫌そうだ。
「でも、話だけだと変な夢としか言えないわね… あなたの場合、
失われた記憶に関係あるのかもしれないけど、あんまり気にし過ぎないことね…」
そう言うと、彼女はその白い肌をくるむようにして、
まだ温もりの残るシーツに再び潜り込んでしまった。
――直に触れて温もりを感じることで居場所を感じるのよ――
という言葉を尊重して、アリスと暮らし始めてから僕達は、
いつも裸で抱き合って眠るようにしている。
「アリス、まだ寝るの?」
「いいじゃない、今日は休みなんだし。少しはのんびりさせて欲しいわ」
今度は幸せそうな顔をして、シーツにくるまってごろごろ。
こんなところは子供っぽくてかわいらしい。
などと言うと、また辛らつな反論が開始されるのは目に見えているけど。
「それに……」
「それに?」
アリスはいたずらな笑みを口元に浮かべて続けた。
「昨夜も、あなたがなかなか寝かせてくれなかったから、まだ眠いのよ」
「そ、そういうアリスだって……」
「私がなんですって?」
しがみついて離さなかったくせに……という言葉は言えなかった。
「……なんでもないです」
あっさりと白旗をあげることにした。こういうことでは、僕が負けるに決まってる。
僕はずいぶん前に、マリアちゃんから聞いた話を思い出した。
――おねえちゃんって、意外と寝起きが悪くてズボラなんですよ――
――起きるのが嫌だからって、変な理屈を並べたててゴネるんです――
――惰眠を貪るためなら努力を惜しまないって、なんか変ですよね――
――でも、寝起きのおねえちゃんって、見てるとかわいいんですよ――
もっとも、それを聞きとがめたアリスにきっちりと報復されてたっけ……
マリアちゃん、元気かな? そんなことを考えていると
「なにニヤニヤしてるのよ」
「え? あ、ごめんね、少し昔のことを思い出してたんだ」
「どうせろくなことじゃないわね、その顔は」
「はは、まあアリスのかわいいところを再確認していたって感じかな」
「なっ!」
絶句して、見る見る赤くなって行くアリスの顔。
「よくそんな台詞、恥ずかしげも無く言えるわね」
「アリスがかわいいのは本当のことだからね」
僕はシーツの中から見上げるアリスの頭を撫でながら言った。
「ちょ、ちょっと! 子供扱いしないでよ!」
「子供みたいだよ、今のアリスは」
僕がそう言うと、アリスは待ってましたとばかりに微笑んだ。
「じゃ、その子供にあんなことやこんなことをした誰かさんは、
やっぱり変態だったというわけね」
「なっ!」
今度は僕が絶句してしまった。してやったりといわんばかりのアリス。
「罰としてあなたも寝るの」
「え? でももう起きないと」
「いいからさっさとおとなしく私の抱き枕になりなさい」
そう言うとアリスは、僕に抱き着いてきた。
上体だけを起こしていた僕は、あっさりと引き倒されてしまった。
どうやらお姫様にとって、僕は貴重な暖房器具らしい。
アリスは、少しでも温もりを逃がすまいとするように、
僕にしがみつくと、胸に顔を摺り寄せた。
なんだ、つまりは甘えたかったということか。
相変わらず素直じゃないんだから……
アリスと一緒に暮らし始めて判ったことがある。
彼女は、思った以上に甘えん坊なところがあるようだ。
だけど、甘え方がよくわからないみたいで、
今みたいに、何か理屈をつけてから甘えてくることが多い。
僕はアリスの髪を撫でながら考える。
やはりマリアちゃんの姉として、しっかりしなければいけないという意識が、
彼女自身を束縛し、律してきたのだろう。
そう、彼女達はずいぶんと長い間、そうして二人きりで生きてきた。
だからこそ、今になってもまだ、その呪縛から逃れきっていないのではないだろうか?
僕は、僕にできる全てで、彼女をその呪縛から解放してあげられたら思う。
時折見せる無邪気な微笑み。それを僕は大事にしたいから……
「……また何かろくでもないこと考えてるみたいね」
僕の胸に頭を乗せたまま、不満そうな目をするアリス。
つい、考え込んでしまい、髪を撫でる手がおろそかになっていたようだ。
うかつに撫でると「子供扱い」と言って怒るくせに、やめると拗ねるんだから…
「せっかくかわいい女の子が甘えてるのに、
他のことを考えるなんて、どういうことかしら?」
「ごめんね、でも他のことじゃなくて、アリスのことを考えてたんだ」
「私のこと?」
「そう、……だけど…」
僕はアリスを抱き締めると、ごろんと仰向けになり、彼女の体を上に乗せた。
「ちょっと、何するのよ」
「やっぱりかわいい女の子が甘えてくれるんだから、精一杯お応えしなくちゃね」
「そ、そんなことしなくていいわよ!」
恥ずかしいのか、じたばたとあばれるアリスを、苦しくない程度にぎゅっと抱き締める。
「あん……も、もう…」
ようやくおとなしくなるアリス。僕の体にかかる心地よい重さ、そして温もり。
僕は、そのやわらかい体を抱き締めているうちに、いつしか背中を撫で始めていた。
なめらかな肌が、手のひらに心地良い。
僕に全てをあずけて、気持ち良さそうな顔をするアリスは、本当にかわいいと思う。
愛しさがこみ上げてくる。もっとこの子をかわいがりたい……
そんな気持ちとともに湧きあがってくるイタズラ心。
僕は、撫でた手をそのまま下の方ににおろして行く。
お尻の割れ目が始まる少し上、腰の窪みを指先で擽る。
「きゃっ!」
僕の上でアリスの体がピクッと跳ねる。
「もう! いきなりなにす…ぁむ…ぅー…んぅ!」
僕は、怒って文句を言い始めたアリスの唇を、僕自身のそれで塞いでしまった。
「ん〜、ん〜!」
暴れようとするアリスを抱き締めたまま、ごろっと横になる。
そうしてまんまとアリスの動きを封じておいて、本格的なキスを始める。
アリスは観念したみたいに目を閉じる。
ちゅっ、ぴちゃ…
湿った音がする。
「んぅ…」
僕は、アリスの唇を舌の先で擽る。
そしてそのまま割り開くと、彼女の口に侵入して行った。
「んむぅ…」
アリスもその気になってきたらしく、僕の首にしがみつく。
僕は、奥の方で縮こまっていた彼女の舌を捕らえると、絡み合わせた。
ぴちゃ、という音が激しくなる。
「んんん…」
柔らかな舌を味わい、頬の内側の粘膜を舐めまわし、彼女の口の中を一通り探検すると、
僕の舌は、溜まってきた彼女の甘い唾液を戦利品のように掬い取り、
自分の中に戻ってくる。
こくん
その甘い蜜を飲み下す。
「んんー!」
置き去りにされて慌てたかのように、今度はアリスの舌が僕の口の中に入ってきた。
そして、僕のまねをするように舌を絡め、舐めまわし、唾液を奪い去って行く。
追いかける僕の舌。それを飽きることなく、何度も繰り返す。
いつも思うけど、アリスはエッチそのものはすごく恥らうし、
なかなか積極的にはなれないみたいなのに、キスは大好きのようだ。
前に聞いてみたら、
「キスって特別だと思わない?
なんか、相手とひとつに溶け合うみたいな感じがするの」
と言ってたっけ。
舌の攻防を続けながら僕の手は、彼女の体を這い回る。
しなやかな背筋、柔らかな太腿。
いつしかキスに夢中になりはじめたアリスを、僕はもう一度僕の体に乗せる。
そうすることで、アリスの甘い唾液が僕の口に流れ込んで来る。
「んんっ」
アリスは、ずるい! とでも言いたげに、いっそう僕の口を舌で蹂躙する。
掻き回すような舌の動きに、合わさった唇の隙間から、
ちゃぷ、ぴちゃ…という淫らな音が漏れる。
彼女を乗せることで、かえって自由になった僕の両手は、背中を撫でまわし、
やがてふっくらとした、やわらかなお尻に到達する。
両手の平と指を使い、その合わせ目を割り広げるようにして、何度も揉みほぐす。
「んむぅ〜! んぅん…」
アリスは、腰をもじもじさせながらも、まだキスを続けてくる。
僕のいたずらな両手は、今度は片手で逃げられないようにお尻を押さえ込むと、
もう片方の指先で輪郭をなぞりながら、しだいに股間へと近づいて行く。
「んくぅ! やぁ!」
くすぐったかったのか、気持ち良かったのか、
おそらくはその両方がないまぜとなった感覚に、彼女はいきなり唇を離した。
「はぁ、はぁ…ちょ、ちょっと…朝っぱらからそこまでするの?」
長々としたキスのせいで、少し荒くなった呼吸の合間にそう言うと、
非難するように僕を見る。
「ん、でもね……」
僕の人差し指が、再びお尻と脚の境目をなぞり、彼女の股間に吸い込まれて行く。
「きゃっ!」
アリスは慌てて脚を閉じ合わせようとする。
しかし、元々僕の体に乗せられて、やや不安定なうえ、
そもそも交差でもさせない限り、女の子の股間は脚を閉じても隙間ができる。
まんまと僕の指先は、アリスの股間に滑り込む。
「やぁ…、ずるい…よぉ…」
「ほら、油断してると」
すっ、とその合わせ目をなぞるように動かしてみる。
「駄目ぇ…卑怯者ぉ…」
消え入りそうな声とともに、アリスは逃げようとして腰を動かすけど、
僕の手がしっかりと押さえ込んでいる。今度は脚がじたばたと暴れ始める。
だけど、そのためにかえってアリスの股間に押し当てられた僕の指は、
その合わせ目に潜り込んで行く。そして…
「ほら、ね?」
僕はその人差し指を抜くと、アリスの目の前で、
親指とくっつけたり離したりしてみせる。
「いやぁ!」
指の間にかかる銀の細い糸から、目をそらすように、顔を背ける。
「ち、違うのっ、馬鹿ぁ、いじわる!」
日頃は絶対に見せない慌て方だった。ちょっといじめすぎたか。
僕は、暴れるアリスを抱くと、もう一度ごろんと横になる。
「ごめんね、でも、あんまりかわいかったからね」
「馬鹿… ね、もう、しない?」
潤んだような目で見つめてくるアリス。どこまで本気で嫌がってるんだか……
アリスはさっきの感覚が残っているのか、もぞもぞと脚をすり合わせている。
「アリスが本気で嫌ならしないけど?」
僕が聞くと、彼女は顔を背けながら答えた。
「あなたって…こういうことになると…やっぱり意地悪だわ…」
そして、
「別に、嫌じゃ…ないから困ってるのに…」
拗ねたような声で続ける。
「はあ、なんだかうまく調教されちゃったみたいな気分だわ」
……調教というのには異論があるけど、どうやらお許しが出たようだ。
「それでは、お姫様のために、精一杯努めさせていただきます」
僕は、アリスの緊張をほぐすために、わざと剽げてみせた。
「もう、馬鹿なことばっかり…って、ちょっと! ん!…」
アリスの文句を尻目に、僕はいきなり彼女の乳首に吸い付いた。
「や…あ…くっ」
さっきまで、僕の胸に擦り付けられていたせいだろう。
ほとんどふくらみのない薄い胸で二箇所、
そこだけ『女の子』を主張するように堅くなった乳首。
僕はそれを味わうように舌で転がす。
「くぅ…んんん」
押し殺したような声がこぼれてくる。
いつものことだけど、アリスは恥ずかしがって、声を出すのを我慢している。
僕の手は、残った胸に伸びて行く。乳房と言うには、あまりに薄いふくらみを、
揉むと言うよりさわさわと指先で、裾から頂上へと撫でてみる。
「んー」
ぞくっとしたように、小さく震えるアリス。
常々アリスは、胸が小さいことを気にしているけど、
その為か、かえって敏感と言ってもいいそれを、僕は大切な宝物のように感じている。
そのことを伝えるかのように、舌で舐め、指と手のひらで優しく愛撫する。
「ふぅ…ん…くすぐったいよぉ…」
アリスが甘えたような声を出す。
「本当に? くすぐったいだけ?」
僕は、一旦唇を離すと、聞いてみた。
「…変態、知ってて言わせたいのね」
「大丈夫」
「? なにが大丈夫なのよ…」
「言わなくても判るさ。アリスの体は正直だからね」
「なによ、それ。私自身は素直じゃないみたいじゃない」
僕は、不満そうなアリスをそっと仰向けにする。
「さて、それはどうだろうね」
そう言いながら寝そべらせた彼女の脚を開かせて、体を割りこませる。
「え? や、やぁ、駄目ぇ!」
この突然の暴挙に、アリスは慌ててその脚を閉じようとする。
だけど、僕にがっちりと抱え込まれているため、果たせないでいる。
僕は、ゆっくりと目の前に息づく合わせ目を割り開いた。
「ひっ…」
にちっ、という音がして、鮮やかな色彩が現れる。
色白なせいなのか、若いからなのか、彼女のそこは、少しも色素の沈着が見られない。
きれいなピンク色をした柔肉が、あふれ出た蜜に濡れ光っている。
「アリスのここ、とってもきれいだよ」
毎度のように口にする言葉。だけどやっぱりアリスは、恥ずかしさが勝るみたいだ。
「ぅぅ、変態…見ないでよぉ」
彼女は顔を手で隠したままイヤイヤをする。
恥ずかしがらせるのはかわいそうだけど、幾度も肌を重ねてきた僕は知っている。
適度な羞恥心が、彼女自身を昂ぶらせていくということを。
僕は、そっとその場所に顔を寄せると、蜜を掬い取るように舌を差し向けた。
「あっ! っ…くぅ…ん…」
いきなりの刺激に、驚いて逃げようとする腰を押さえつけ、
僕は本格的にそこを舐め始める。
ちゃぷ、ぴちゃ、ちゅるっ、というキスの時よりも粘っこい感じの音が響く。
「や…ぅ…舐めちゃ…駄目ぇ…」
顔を隠していたはずの手が、
いつのまにか僕の頭をそこから離そうとするように押してくる。
しかし、その力は決して強くはない。僕は、更に舌を動かす。
「っ…ぁぁ…っん…ふ…」
相変わらず彼女は、声を出したがらない。しかし、かえってそれが僕の興奮をあおる。
とどまることなく溢れてくる蜜を啜り飲み、舌の先で敏感な突起をノックする。
「んっ! ぐ…っ…ん…ぅぅ」
僕の頭を引き剥がそうとしていたはずのアリスの手が、
いつしか逆に、そこに押し付けるような感じになっていた。
――そろそろかな?――
僕は、ゆっくりと顔を離していく。逃がすまいと押さえつけてくるアリスの手。
「や…ぁ…もっとぉ…」
呟くような小さな声。僕は、それを聞き逃さない。
もう一度顔を近づけると,安心したようにアリスの手の力が抜けるのが感じられた。
とろとろと滴る愛液。再び舌を伸ばそうとした僕は、何気なくその行方を目で追った。
「!」
閃くものがあった。
僕は両手の親指で、流れ落ちる愛液の行く先、お尻の合わせ目を開いてみる。
愛らしい窄まりが恥ずかしげな様子で現れる。
滴る愛液で、ぬるぬると濡れそぼち、呼吸に合わせるように収縮している。
僕はそこを、ちょん、と舌先でノックする。
「きゃあ!」
思いもよらない場所への突然の刺激に、アリスは悲鳴にも似た声をあげる。
僕はかまわず、そのまま舌を押し付けると、擽るように舐めまわす。
舌先を尖らせ、差し込もうとさえしてみた。
「駄目ぇ! 駄目よぉ…そこは…汚いからいやぁ…」
そう言いながらも、ますます愛液が溢れてくる。感じているのは間違いない。
でも、そろそろ止めてあげないと、気の毒だ。
それに、このままだと、羞恥心がせっかくの興奮を冷ましてしまうかもしれないし。
僕は、身を起こすと、はぁはぁと荒い息のアリスに囁く。
「アリス、いいかい?」
彼女はうっすらと目を開き、こくん、とうなずくと小さな声で、
しかしはっきりと応えてくれた。
「来て…透矢…」
僕は、自分のものに片手をそえると、彼女のそこにあてがった。
そして、ゆっくりと腰を進める。
「んっ…透矢…」
最近では慣れてきたとはいえ、本当に小さくて狭い。きゅっと締めつけてくる。
それでもようやく先端が奥まで届いたのを感じると、
馴染むまでしばらくそのままで待つことにする。
「ん…ねえ透矢…ぎゅっ、てしてみてよ」
「この態勢だと、辛くないかな? 僕の体重がかかることになるよ?」
「大丈夫だから…お願い…」
……そうは言っても、それはやっぱり苦しいだろう。
そう思った僕は、アリスの背中に手を回すと、両肘で体を支えるようにして、
ぎゅっと抱き締めた。僕の気遣いに気がついたアリスは、
「ありがと…でも、遠慮しなくてもいいわ。私もあなたの重さを感じたいの…」
と言ってくれた。
「うん、それじゃあ僕が疲れたらそうさせてもらうよ」
「そう? 無理しないでいいわよ?」
「…わかった。でも、アリスの方こそ、無理しないでね」
お互いに気遣い合う。でもそれは、決して遠慮なんかじゃない。
やがてアリスは耳元で囁いた。
「もう…平気…動いて…透矢…」
「うん」
僕は、ゆっくりと腰を動かし始める。
「ん…ん…」
一見苦しそうな声。だけど、そうじゃないことは判っている。
僕はだんだんと動きを速めて行く。
「ぁっ…く…ぁぁ…」
腰を引いて、入り口近くまで抜く。離すまいと絡みつく柔襞。
そのままずっ、と奥に進める。
僕の先端が、突き当たりにある、こりっとした部分にぶつかる。
「うぁっ…ぁぁ…透矢、とう…や…ぁぁ」
その繰り返しとともに、腰を回すようにする。くちゃくちゃと湿った音が響く。
彼女のそこは、たくさんの襞を絡みつかせ、柔らかいくせに信じられないくらいの
力で僕のものを締めつける。それは、大きな快感を与えてくれる。
そして、僕のものが彼女の中を掻きまわし、入り口をこすり、
奥にぶつかる度に彼女も昇り詰めて行く。やがてその時が近づいてきた。
「あっ、あっ…ん…透矢…ぎゅっ」
魔法の言葉。僕は彼女をぎゅっと抱き締めた。
「とお…や…ぁああ! っぁ…ぁぁああ!」
息がつまるほどしがみついてくるアリス。その脚が僕の腰に絡みつく。
アリスの中が、僕自身をきゅぅぅっと締めつけてくる。
「くっ!」
ドクン
僕は、たまらず迸りを解き放つ。
ドクン
それを一滴も逃すまいとするかのように、きゅっ、きゅっ、と締めつけてくる。
ドクン
続けざまに、アリスの中に撃ち込まれる僕の迸り。
ドクン
それに合わせるかのようにピクッ、ピクッと震えるアリス。
「ひっ…あっ…あ…」
同時にこぼれ出るかわいい声。
僕は驚くほどの量をアリスの中に注ぎ込みながら、ぎゅっと抱き締め続けた。
……やがて激情もおさまり、ゆっくりと腕をほどく。
アリスはまだ荒い呼吸をしている。
僕は、彼女が落ち着くまで、優しく背中を撫で続けていた。
…………
「…透矢の馬鹿…ケダモノ…」
ぐったりしたまま、文句を言うアリス。でも、その顔は怒ってはいない。
恥ずかしくて、ちょっと拗ねてるみたいだ。
「はは、ごめんね、さっきも言ったけど、
アリスがあんまりかわいかったから、つい、ね」
「もう、かわいいからって、『つい』でいちいち襲われてたんじゃ身がもたないわ」
「でも、アリスも最後は気持ち良さそうに、かわいい声出してたよ」
「へ、変なこと言わないでよぉ」
ああ、真っ赤になっちゃった。
「はは、だけど、今日はアレがなかったね」
「アレ?」
「お漏らし」
「! ば、馬鹿ぁ!」
枕が飛んできて、僕の顔に命中した。
…………
「誰かさんのおかげで疲れちゃったから、やっぱりもう少し寝ることにするわ」
「はは、ごめんね。でも、あんまり寝すぎると、夜眠れなくなっちゃうよ?」
「どうせ寝かせてくれないくせに……」
「アリスが嫌なら、そんなことはしないよ」
「うそばっかり…たった今、無理矢理したくせに……」
「……面目ない」
結局は合意だったとはいえ、無理矢理に近かったのは事実だったので、
素直に謝ってみた。
アリスは、どうせ今夜もおいしく食べられちゃうんだわ、とか、
本当にケダモノなんだから、とかぶつぶつ呟いている。
どうやら本格的に拗ねちゃったみたいだ。
でも、どことなくうれしそうな響きを含んでいるように聞こえるのは、
気のせいだろうか……
「ごめんね。だけど本当にアリスの嫌がることはしないから」
僕はアリスの頭を撫でながら言った。
「も、もう……別に…嫌じゃないわよ……」
「え?」
「な、何でもないの! お休み!」
誤魔化すように言うと、慌ててアリスは頭からシーツを被ってしまった。
そんな彼女の仕種がかわいくて、僕はもう一度シーツの上から頭を撫でてみる。
「お休みアリス。お昼には起こしてあげるから、ゆっくり寝てていいからね」
そう言って、ベッドから起き出すと、部屋を後にした。
…………
アリスとのひとときの余韻も治まり、僕は居間で本を読みながら、
コーヒーの香りを楽しんでいた。
本にも飽きた頃、ふともう一度、今朝の夢を思い出してみる。
あれは、誰だったのだろう。僕の手を握り、やさしくさすってくれたように思う。
そのひんやりとした、柔らかい手の感触が、まだ残っているような気がする。
アリスに聞いてみたけど、そんなことはしてないと言っていた。
その人がどんな顔をして、どんな声をしていたのかは覚えていない。
ただ、握られた手の感触と、その手を離してしまったこと。
その時、その人が悲しそうな顔をしたこと。
そして、不思議なことに、悲しそうな顔をしたその人から、
相反するはずの、穏やかな、安心したような感情が伝わってきたこと。
ただそれだけを覚えていた。
なぜだろうか? とても大事なことだったような気がする。
忘れてはいけないはずのこと。
手を離した時、とてつもない焦燥感、そして喪失感が僕を襲った。
ゆっくりと遠ざかって行くその人の姿。僕は手を伸ばそうとした……
その瞬間、僕は目を覚ました。気がつくと、僕の頬は涙に濡れていた。
ガバッと起きあがった拍子に、僕に抱き着いていたアリスも起こしてしまい、
僕の涙を見てびっくりした彼女に、夢の話をしてみたわけだけど。
アリスはもしかすると、僕のなくした記憶に関係あるのかも、と言っていた。
確かにその可能性は高いと思う。なにしろ、ほとんど何も覚えていないのだから。
でも、はたしてあの人は、僕の知っている人なのだろうか?
いや、知らない人を夢に見ることもあると聞いた気がする。
確か、そうだ。街ですれ違っただけの人、テレビで見たタレント…
様々に蓄えられた情報が、再構築されて夢の中に現れるとかいう。
あれは…入院してた時に、医者がそう言ってたっけ……
あれ? 入院? そういえば、あの時誰か、僕の世話をしてくれなかったか?
看護婦さん? いや、確かに職務に忠実な人だったけど……
花梨…ではないだろう。彼女との再会(?)は覚えている。
彼女はお見舞いに来てくれたけど、いちいち僕の世話を焼いたりはしていなかった。
アリス…なわけがない。アリスとは退院してから知り合ったのだから。
…? アリスと出会ったとき、僕は一人だったか?
誰かと一緒じゃなかったか? マリアちゃんのときは?
僕はぞっとしてきた。妙に記憶があいまいなのだ。
アリスを起こして確かめてみたくなった。でも、それも怖かった。
僕が誰かと一緒だったという答えが返ってきたりしたら……
ああ、さっきアリスが、気にし過ぎないようにと言ったのは、
もしかして、こうなることが判っていたからなのか……
それに気が付いたところで、僕の焦りと恐怖感は治まらなかった。
僕は、半ばひとりでパニックを起こしかけていたのだろう。
そのとき……
――心配ありませんよ――
誰かの声を聞いた気がした。大丈夫ですから、落ち着いてください、という声を。
と同時に、誰かに優しく抱き締められて、頭を撫でられているような感じがした。
気が付けば、先程までの焦りと怖さは消え去って、
僕は、心から安心した気持ちになっていた。
ああ、そうか、やっばり…さんだったんだ……
良かった。もう、なにも怖がることなんかないんだ……
…………
はっと、我に返った。
僕は、思わず周りを見まわしてみた。居眠りでもしてたのかな?
しかし、飲みかけのコーヒーは、まだ湯気を立てている。
ほんの一瞬だけ、意識を失っていたのかもしれない。
えっと、そういえば、何を考えていたんだっけ……
まあいいや、どうせ大したことではないだろう。
ふと時計を見ると、もうすぐお昼だった。
さて、そろそろ愛しの眠り姫を起こすとするか……
居間を出ようとした時、誰かの視線を感じた気がして、
僕は一度だけ振り向いてみた。
妙に人肌の温もりがあったような気がした。
だけど、そこには飲みかけのコーヒーと、読みさしの本があるだけだった。
僕は、そのままもう振り向くこともなく、
アリスを起こすために、僕達の部屋に向かって歩き出した。
…………
あの日から、どういう心境の変化があったのか、
不思議とアリスがベタベタと甘えてくるようになった。
そう、まるであのとき考えていた、長年の呪縛から解き放たれたかのように。
今日だって、洗濯物を干し終わったとたんに、あっさりと捕まって、
日向ぼっこと称するじゃれあいに持ちこまれている。
「アリス、なんだかマリアちゃんみたいに甘えてくれるようになったね」
「もう、私があの子と一緒だって言うの?」
そう言いながら、今だって僕の腕を抱きかかえて、肩にもたれかかっている。
ついさっきまでは、僕の膝の上で甘えていたわけで、その様子は、
かつてマリアちゃんが、お母さんの幻影に甘えていた時とそっくりだった。
それを指摘すると、顔を赤くして、俯いてしまう。
恥ずかしがり屋なところは相変わらずみたいだ。
やがて、アリスは僕を見つめて、何事かを語り出した。
「そう…言われてみればそうよね……でも、それはきっとあなたが変わったから」
「僕が? 変わった?」
「そうよ、あなた自身は気が付いてないみたいだけど」
突然自分が変わったと言われれば、やはり気になってしまう。
「いったい、僕の何が変わったの?」
「そうね、一言で言えば、呪縛から解き放たれたって感じかしら」
「!」
驚いた。さっき自分が彼女に感じていたのと、全く同じことを言われたのだから。
そんな僕を尻目に、アリスは話し続ける。
「ちょうど、あの、あなたが朝っぱらからケダモノになった日……
あの日を境に変わったような気がするのよ」
「……そうか、確かにアリスが甘え始めたのもあの日ぐらいからだったね」
「あなたが変わったから、きっと私も変わることができたのよね」
「まあ、どっちが先かはいまいちわからないけど」
「あら、わかるわよ? 確実に変わったのは、あなたが先」
アリスは、当然のように僕に告げた。僕はだまって聞くことにする。
「これは、初めて話すことだけど……
それまでは、どんなにあなたが優しく接してくれても、
あなたには、誰かの影を感じてたわ」
「? 誰かの影?」
ますますわからない。
「ええ、それは、あなたのお母様かもしれないわね。
男の人って、いつまでも母親の影を引きずるところがあるって言うし、
あなた、ロリコンのくせに、マザコンみたいなところもあるしね」
真剣な中にも、ちょっと意地悪な微笑。
「……」
「もちろん違うかもしれない。
でも、それが誰かなんて、わかったところであまり意味はないの」
僕は、黙って聞き続ける。
「大事なことは、あの日まであなたは、無意識に誰かの影響を受けていたということ。
そして、何故かあの日を最後に、あなたがその呪縛から解き放たれたということ」
なるほど、呪縛というのはそういうことか……
「そして…私にとっても大事なこと、
あなたがやっと本当に私の居場所になってくれた気がするのよ……」
「ああ、そういうことだったんだ……ごめんね、気が付かなくて」
「いいわ。こればかりは、どうこうできる話じゃないし……
それに、その人がいたからこそ、今の透矢がいるのだから、
寧ろ感謝すべきことだと思うわ」
「…そっか、そうだね」
「そうよ、でも、見方を変えると、あなたが呪縛から解放されたということは、
私もまた、あなたの居場所になれたっていうことなのかもしれないわね」
「それはいいことだと思うよ。お互いがお互いの居場所になれるって」
「そうね。でも、それより、もっと大事なのはこれから!」
「これから?」
「そう、これからは、今までの分を取り戻すつもりで甘えるから……
よろしくね、あ・な・た」
「うわ、いきなりなんてことを…」
「あら、いいじゃない。ねぇ、透矢ぁ、それよりまたぎゅっとしてよ」
そう言ってアリスは、僕に抱き着いてきた。
どうやら、真面目なお話の時間は終わりのようだ。
これからは甘えて楽しむ時間らしい。
それなら、僕もこれまでを取り戻す気でお付き合いすることにしよう。
僕はアリスを抱き締めた。
気が付くと、アリスは僕の胸の中で、何かお祈りめいたことを呟いている。
――そう、これで安心して、あなたに「私達」の全てをあずけることができるわ。
透矢を見守っていた誰かさん、これまで透矢のことを守ってくれてありがとう。
見えてるかしら? あなたのおかげて、今、私も透矢も幸せよ?
これからは、私達があなたの分までこの人を大切にしていくから、
あなたは安心してお休みなさいな。
願わくば、安らぎがあなたとともにありますように…――
抱き合う僕達の髪を撫でるように、優しく風が通りすぎていった……
おしまい