さよなら、コナえもん

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こころナビが僕の元へ届いて約半年の月日が流れた。
ナビのお陰で人と人との繋がりの重要性を知った僕はネットでのラウンダーばかりではなく、
現実の世界での家族や知り合いとも多くの会話をするようになり、
最近では僕にも世間一般で言うところの「彼女」というものもできた。

今日は1週間ぶりに僕はナビを使いネットの世界へと入る。
初めてネットの中に入った時は驚いたが、もうこの非常識な出来事にも慣れてきた。
「こんばんはコナさん」
「久しぶりですな勇太郎殿。こんばんは、でござる」
「サイトのHIT数の方はどうなっていますか?コナさん」
「順調に伸びております。ところで勇太郎殿は彼女と上手くいっておりますかな?」
好奇心に満ちた目でストレートに言われる。
「ええ、上手くいっていますよ」
たぶん僕の顔は赤くなっているだろう。
「そうですか、それはたいへんよろしい事ですな」
そう喋るコナさんの顔は少々オバサンっぽい。
「今日は新しいリンク先を探しに行ってくるよ」
プライベートに関るこの話題を遮るために話を早めに切り上げる。
ここにこれ以上居続けたら彼女に関して根掘り葉掘り聞かれることは確実なので早々に立ち去るに限る。
「…そうでござるか。では私はメンテナンスでも行いますかな」
うわー凄く残念そうな顔してるよ〜。

少々の罪悪感を覚えながらも今日も僕は新しいリンク探しの旅にでる。

…主が去った後
「…そろそろ、こころナビも役目を終えたようでござる。
 もはや年貢の納め時。…ではなくて潮時でござるな」
PCの中で電子妖精は誰に言うでもなく独り呟いた…。

    ドカッ!!
「…いててててっ。なんだかいつもよりも強力じゃないですか?」
毎度のことながら現実に戻ってくる衝撃は慣れない。
「いえいえ、気のせいでござろう。そんなことより明日はデートではないのですかな?
 早く休まれた方が宜しいかと…」
…あからさまに話題を変えているのはわかるが、これ以上の詮索は無意味なので切り上げる。
「ははは、そうですね」
「ふふふ、さようでござろう」
お互い牽制しつつも笑いあう。僕にとって彼女はただのプログラムではなく、友人、家族、
…いや、どれも当てはまらない。あえて例えるなら苦楽を共にした相棒みたいなものだ。
「こうして僕にも彼女が出来たのもこころナビ…、いや、コナさんのおかげです。
 家の中で引き篭もりがちだった頃とは大違いですよ」
今日、彼女に関しての詮索を止めた罪悪感も有ってか、感謝の言葉を素直に言う。
「いえいえ、わたしは何もしておりませぬ。全ては勇太郎殿が努力した上での結果です」
「これからも宜しくお願いします。コナさん」
「…勇太郎殿」
いつもの口調とは違い真面目な喋り。
「…もうあなたにはこころナビは必要ないと思います」
「えっ!」
あまりにも突然の事態に僕は驚く。
「な〜んて、冗談でござるよ」
「…笑えませんよ」
「……え?笑えませんか?」
「…ええ、僕にとってナビは生活の一部ですから」
憮然とした表情で僕は答える。
「……失礼しました。ではお休みなさいませ」
この笑えない冗談さえなければ良い人(?)なんだけれどもなぁ…。

…生活の一部とは言ってみたものの、
たしかに彼女が出来てからナビを使うことは以前と比べてかなり少なくなった。
僕はこの時、…いやもっと前から
「現実での幸せ」と「ナビの存在」とを比較し、軽視し始めていたのかもしれない。

―――深夜―――

――では「立つ鳥跡は跡を濁さず」と言いますように
世界に広がった全てのナビを止め、己の機能を停止いたしますか…。

勇太郎との過去を振り返りながらも淡々とコナは停止作業をする。

勇太郎と初めて会った時のこと、HPを立ち上げると言ったこと、
正体不明のラウンダー忍の襲撃を受けたこと、好きな娘に告白をすると言った時のこと…。
想い出は語り尽くせないほどある。
――初めて会った時は正直、少々頼りない主と思ったものだが
今では堂々とした男らしい顔になっていたものでござる…。
コナは嬉しゅう御座いますぞ勇太郎殿…。
想い出を振り返っているうちに、いつの間にやらコナの目には涙で溢れていた。
――さてはて、わたくしめはただのプログラム。
この涙などただの作り物…。作業には邪魔なもので御座るな。
感情プログラムの一部の削除を実行する。

1つ
――とんだ欠陥プログラムでござるな。
また1つと
――削除したはずなのに溢れてくるなどとは。
作業を進めてゆく。
――ま、まことに鬱陶しいで、…ござるなぁ。
涙を流しながら淡々と…。

――では、少々心残りですが、勇太郎殿これからも精進なされよ。
今ここには居ない主に最後の一言を告げると共にナビは機能の全てを停止した。

この時をもって、全世界の一部の人達に配られた魔法のブラウザは全て動かなくなった…。

―――1週間後

人は失ってから大切なものに気づくと言うが、まさか自分の身に振りかかって来るとは思わなかった…。
…ここ一週間食事もろくに取らず、人との会話も僕は避けている。
我ながら愚かな行為とは思いながらも
この1週間僕はメールボックスに送信されてくるメールを片っ端から開いている。
広告メールやウイルス添付メールであろうが、お構いなしだ。

…今日も僕の元に魔法のブラウザは届いて来なかった。
本日受信したメールは二通。

一通目はナビで出会った大切な人から。
久しぶりにナビを起動させてみたが動かなかったという内容だった。
…予想していた事とは言え、自分以外のナビが動かなくなった事実を突きつけられると気が重い。

二通目はチェーンメールらしきもの
もしや!と思い読んでみたが、とあるアニメの最終回が書かれていただけであった。
…誰かがお遊びで流したのであろう。
僕も何年か前に読んだことがある。
たしかあの時は笑いながら読んで、読み終えるとすぐにごみ箱にすてた。

…息抜きだ、久しぶりに読んでみる。

内容は『突然動かなくなったロボットの友人を再度動けるようにするために、
    力も頭脳も人並み以下の無力な少年が、何年もかけ、人一倍努力をして
    友人を目覚めさせる話』

たぶん、このメールはネットは流行始めた20世紀末から続け回りつづけていると思う。
ぼくはこの話がウソであることは知っている。
事実、作者が亡くなった今でも毎週このアニメは放送されている。

…でも、僕はこの作者不明のウソの最終回を読み終えて、感銘し、涙した。

――数年後...

ナビが停止してから数年の月日が流れた。
その後、僕はひたすら勉強をし、
今では世間一般で言うところの一流大学と呼ばれるところで
情報処理科で助教授などと呼ばれる役職についている。

ちなみに当時の彼女は僕の妻となり、今では子供もいる。
また、当時ナビで出会った人たちは今でもかけがえの無い友人だ。

……そして、いま僕は自宅の古いPCの前にいる。
…あの日以来動かなくなったナビを再度動かすために、
この瞬間のために今まで頑張ってきたのだ。
「…起動するよ?」
「…懐かしいはね、あなた」
「パパは今からなにするの〜?」
息子が不思議そうな顔で聞いてくる
「今から魔法のブラウザを起動させるんだ」
「魔法?でもこれはただのパソコンだよ?」
「そう見えるかもしれないけれども、これはパパとママを結んでくれた魔法のブラウザなのよ」
昔と変わらない笑顔で、妻は優しく子供の疑問に答える
「ん〜とぉ、パパがいつも言ってくれた『こころナビ』?」
「…そうだよ、『こころナビ』パパにとって大切な相棒がいる魔法のブラウザ…」

…不思議と失敗の不安は無い。
ウソみたいに落ち着いて僕はゆっくりと
プログラムを起動させる。

…HDDの回転の音が静かに鳴る。
……そして、スピーカーから数年前と変わらない懐かしい声が聞こえる。

「勇太郎殿、今日はいかがなさいますかな?」




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