ニトロ最もえ決勝支援

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最もえトーナメント準決勝1回戦開始10分前。
――選手控え室
 麻生純子は「友永和樹様」と張り紙されたドアの前で深呼吸し、意を決してドアを開けた。がちゃり。
「和樹く・・・」
「ウキ?」「キュ〜」「ニーギ」
 足元で自分を見上げるペットロボットに気づく前に、控え室を占拠するハローワールド出演女性キャラ陣にあっけにとられる。
「あ、純子っ!和樹君どこ行ったか知らない?ねぇ知ってるんでしょ教えなさいよほらほらほら」
 佐知美が詰め寄るようにマイクを向けてくる。室内の視線が一気に純子に集まった。
「え?居ないの?」
「何?純子も知らないわけ?これじゃ試合開始まで戻ってこないわね。探しに行きましょ。A班は会場北方面、B班は東、C班は西、D班は南よ!」
「がんばるぞ、おー」「わたくしも走るんですの?」「ボクが先に見つけるんだっ」「GT2、会場内じゃ使えないわねー」「ちょっとさっちゃん、あたしはどっち行けばいいのよっ」
などと口々にぞろぞろと和樹の控え室を出て行く女性陣。
「な、何だったの一体?」「・・・ウキッ」
 最初にドアを開けた場所から押しのけられたままの姿勢で立ち尽くす純子をエテコウが見上げていた。

一方、当の和樹は・・・
「兄さん、やっぱりここに居た」
「遥香」
 和樹は会場で最も高い時計台の最上階よりさらに上、強風吹きすさぶ屋上から、決勝トーナメントが行われてきた天○一武○会風の闘技場とそのステージを囲む観客席を見下ろしていた。
「まさか兄さん、颯爽(さっそう)と飛び降りて登場、なんて考えてるんですか?いくら私たちのフレームでもこの高さは無謀ですよ」
「心配しなくてもちゃんと階段を下りていくよ」と、踵(きびす)を返す和樹。
「そろそろ行かないと試合に遅刻ですね」
「遅刻すると若佳菜先生に怒られるかな」
 他愛も無い会話をしながら、遥香は形を成さない言葉にならない思いを、不安を口に出せずもどかしい思いを噛み殺して和樹を闘技場まで送った。


「さぁついに準決勝までやってきました。司会はわたくし入間佐知美が、解説はニトロゲーの名物脇役稲田比呂野さんにお願いします」
「名物脇役じゃなくって名脇役って言って欲しいです」
「(無視)さぁ舞台脇には既に一方の出場者、Phantom Of Infernoの正ヒロイン、エレンが愛銃を磨いて控えております。
一方の出場者、"Hello,world."の主人公友永和樹は・・・キャー和樹くーん!」
「色ぼけアナウンサーが役に立たないので以後はわたくし稲田が適時司会も務めさせていただきます。それでは、選手入場です」

 北側の入り口からはエレンが、南側からは和樹が入場する。エレンは篠倉学園のセーラー服に身を包み、その右手にはコルト・パイソンを握っている。一方和樹は皇路学園の制服で、その手に持つ銃はSIGザウエル。
「キャー和樹くーん!」
「・・・既に解説不要とのご意見もありますが本大会のルールをご説明します。擬似ちゃんねる杯争奪ニトロプラス最もえトーナメントは人気投票による戦いで勝敗を決します。
出場者が拳銃持ったり刃物持ったり凶悪な乗り物に乗ったり、むしろ出場者自体が武器だったり乗り物だったりしますが本大会の勝敗には影響いたしません。勝敗はあくまで人気投票です」
 位置に付くエレンと和樹。まるで西部劇の決闘シーンのような緊迫感の中、佐知美の黄色い声援だけが会場に響く。
「あいかわらず本来の司会が役に立たないので私が合図をします。それでは両者、構えて。
──戦闘開始!」


 いきなり真横に走り出しながら互いに発砲する両者。エレンは機械じみた正確さとスピードで一気にシリンダー内の6発の銃弾を撃ちつくす。が、機械そのものの異常な予測・回避性能でことごとく弾丸を避ける和樹。
ザウエルの弾数はパイソンの軽く二倍以上。だがエレンは6発を撃ちつくすと同時にどこに隠していたのかスコーピオンを左手に構える。
「ちょっとぉ!人気投票でしょこれぇーっ!」
 司会席から会場に飛び込まんと身を乗り出す佐知美を羽がい締めにしておさえる稲田とその援護に入った野田瑞穂(シマパン)。
「大丈夫。誰も死にませんからっ」押さえ込むと同時に言う。
 遮蔽物の無い闘技場で自動小銃による攻撃を回避するのはほぼ不可能だ。
だがそのスコーピオンを和樹の持つザウエルの銃弾が穿(うが)つ。1発、2発、3発。驚愕にほんの僅(わず)かだけエレンの瞳が大きく開かれる。
左手の獲物は手放す。このまま持っていれば弾倉に当たって暴発しかねない。再びエレンは射線をかわすステップを踏みながら手品じみた手さばきでナイフを取り出した。闘技場の広さを考えれば接近戦に持ち込む余地はある。
「ハッ!」
 和樹にとっても予測を超える速さで距離を縮めてくるエレンに照準が合わせづらい。今まで横の動きだけだった所に突然遠近の動きが加わると、人間の情報処理構造を擬似的に再現しようとしている無機知能では人間の脳が持つ欠点も少なからず再現されてしまう。
眼前に迫る表情の少ない白い顔。急所を狙うように鋭くナイフが突き出される。
和樹は照準を取り戻しザウエルの銃身で刃を受け止めた。しかし「接近戦闘クラスタ」と連動する「警告クラスタ」が警告を発する頃にはエレンの足が和樹のわき腹をしたたかに打ち抜いていた。
「立ちなさい。そんな事でニトロファンが満足すると思っているの」


 義体処理クラスタが稼動し思うように動かないボディを動かし、和樹は立ち上がる。
「エレンさん」
 射撃戦闘クラスタの優先順位(プライオリティ)を引き下げ、格闘戦クラスタの優先順位を最も高く設定する。弾はまだ残っているが接近戦を重視しないと勝てない。
「僕は、勝たなきゃいけない。遥香か純子さん、どちらかが決勝に来ることが決まっているんだ」
「既に待つべき相手の居ない私には退いてくれという事?」
「そうじゃないけど」
「だったら無駄な問答ね」
「・・・そうでもなかったよ」
 グローバルネットワークを通じて格闘技データをダウンロード。今のほんの僅かな言葉のやり取りが大きな時間稼ぎだ。和樹は擬態処理クラスタをDisable(無効化)。
アクチュエイター限界と床、靴の摩擦係数を考慮した上で最高の出力をもって地面を蹴りだす。
体を捻(ひね)ると同時にすばやく振りぬかれる右足は左足を軸に弧を描く。
エレンのナイフを払い落とし、回転の軸を地面に付いた手に移して今度は逆の左足がエレンの顔を掠(かす)める。

「厳しいな」
解説席に背の高い重そうなコートの男が入り込んでくる。
「孔濤羅(こん・たおろー)?」目を見開いて驚く稲田と野田。
「俺ならば素手になった所で電磁発頸(でんじはっけい)があるが、あの少女にはそういった術はあるまい」
「いや、そのなんていうか、ほんとに人気投票で勝負が決まるんですけど」
「ニトロファンは強いキャラが好きだ。それは事実だろう」
「まあそうですけど。」


 舞台では激しい戦いが続いている。和樹はネットワークを通じて得たさまざまな格闘技技術を試みてエレンを苦しめるが、暗殺者としてのスキル、経験の豊富さでエレンが圧倒する。
続く応酬、息つく間もない熾烈な戦いに会場の観客が渇いた喉を鳴らすその時。

「その勝負!そこまで〜っ!」
二人の間に割ってはいるひとつの影。影はその小さな体で両者の打撃を難なく受け止めた。
「モーラ?」「モーラさん」
 ショートカットの金髪が振り返る。
「投票の結果が出たわ。11対5で、友永和樹の決勝進出が決まったの」
 すっ、と拳を引くエレン。和樹も振り払おうという体勢の足を下ろし、立ち位置を直す。
「負けたわね。玲二の次くらいにいい男だと認めてあげなくちゃならないかしら」
「それってノロケですか」
 エレンは試合会場に入ってから初めて、気づかないほど僅(わず)かな微笑を残してステージを降りた。


「純子さん、次は私たちの番ですね」
 ステージから戻ってこようとする和樹の姿を確認して、遥香は純子に向き直った。
「正直、気が重いわね〜」
 いつもの赤いスーツ姿の純子に対して、遥香はグレーの軍服姿。その髪を結い上げて完全に戦闘モードだ。
「決勝で兄さんに会えるのは二人に一人。遠慮はいりませんよ?」
「同票決勝っていうのは駄目かしら?」
「それは投票者の皆様次第ですけど」

歓声の中、二人は別々の入り口をくぐって舞台に上がった。

「やぁーっぱり和樹君よねぇ〜おーっほっほっほほ」
 司会者の立場を忘れて和樹を褒めちぎる佐知美を余所に、稲田はマイクを握った。
「それでは準決勝第二戦を開始します。──戦闘開始!」
 同時にS2000を構える遥香。だが純子は雷閃を放り投げ言い放った。
「それ待った」
「ええっ?!」
 驚く遥香。当然会場も司会も驚く。
「だぁーって私のほうが不利じゃない。単純な性能なら和樹君より遥香のほうがボディの性能良いんでしょ?
私なんてそれこそ多少は銃も使えるし美しさの維持をかねて鍛えてる足もあるけど、暗殺者の訓練積んだ人とか吸血鬼の人とかじゃないのよ?他の手段にしましょ」
「・・・じゃあ、どうするんですか」
「そうねぇ。まあどうせ投票で決まるんだけどそれまで観客の皆さんを楽しませなきゃいけないわけだから・・・作文、絵描き、音楽の3つで勝負しましょう」
「純子さんそれ私がおもいっきり不利じゃないですか?」
「あらそうかしら?遥香は和樹君と違って生まれたときから知能イメージ統合認識クラスタがハードウェア実装されてるんでしょう?
私たちと殆ど差は無いはずよ?むしろ正確性や純粋な技術じゃ遥香のほうが上手なのは予測できるし。」
 少し悩んだ(各クラスタに討議させた)結果、遥香は答えた
「いいでしょう。平和的解決は私も望むところです。」
 と、そこに観客席から野次が飛ぶ
「だったら水着審査も追加しろーっ!」「そうだそうだー」
 後に分かったことだが、この野次の主は神田川むつおとナハツェーラであったらしい。

受けて立つわ!」「え、ええっ?!」
 赤面する遥香を前に完全勝利宣言の表情の純子。
──勝負は水着を着たまま3つの芸術点を競う。無論余興であるが
いかんせん外見では完璧に近い造形美を誇る遥香であるが、羞恥心が人並み以上に高いのは圭介のいたずらの時にわかっている。
純子の予測どおり芸術審査は遥香に苦難を強いたが、恥ずかしさゆえにうまく文章や絵を描けない、演奏ができない遥香が逆にかわいいと票も集めた。
「結果発表〜」
 策をめぐらせて挑んだものの予想以上に手ごわかった遥香に焦りを見せる純子。
「13対8で、麻生純子決勝進出決定〜」
先ほど集計結果を発表したのと同じくモーラが意気揚々と告げる。純子は「ほっ」と胸をなでおろした。
「こんな展開になるなんて・・・」悔しそうに涙をにじませる遥香。
「策に嵌(はま)っちゃうのもあなたが人間同様の心を持ってる証だわ。ごめんなさいねずるい真似して」
「仕方ありません。決勝、がんばってください。兄さんは手強いですよ」
 などとちょっと感動的なやりとりがあったようだが、観客の視線(ほぼ男性)は生ぬるく二人に集中していたという。


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