雪さんと

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僕はマヨイガについて、もう一度父さんの本を読んでみようと思った。

父さんの書斎は雪さんが頑張ってくれたおかげで
見違えるほど整理されていた。
……のだが、件の本がどこにあるのかは判らなかった。
整理すると、却ってモノがどこにあるか判らなくなるというのは
よく聞く話だけど。さて、どうしよう。
せっかくきれいにしてくれたのに、むやみに漁って
またごちゃごちゃにしたのでは雪さんがかわいそうだ。
やっぱり聞いてみるのが一番早いだろうな
「雪さーん」
僕は廊下に出て雪さんを呼んでみた。
「……」
あれ、出かけてるのかな?
食堂にも居間にも雪さんの姿は無かった。
僕は雪さんの部屋を訪ねてみた。
コンコン
「雪さん?」
「はい」
バタバタ、なにやらあわただしい気配がする。
ややあって、トテトテ、カチャッ
「失礼しました」
「あ、ごめんね、忙しかった?」
「そんなことはないですよ。ご用ですか?」
うれしそうな笑顔で聞いてくる。

この人はいつも僕に用事を頼まれると、こんな風にうれしそうな顔をする。
いつかも言ってたけど、僕の世話をするのがうれしくてたまらないらしい。
最近では油断してると、
「お背中お流しします」攻撃や、「あーん」攻撃を仕掛けてくる。
うかつに断るとすごく悲しそうな顔をするんだ。
また僕が決して嫌じゃないから始末に負えない。
この前なんか花梨と庄一のいる前でうっかり「あーん」をやってしまい、
――ついいつもの乗りで応じてしまった僕も僕だけど――
半月ほどからかわれ続けたっけ……

「……さん」
「……」
「透矢さん!」
「あ」
雪さんの笑顔に見惚れていたらしい。
「どうなさったのですか? おかげんでも悪いのですか?」
オロオロしている雪さん。
「ううん、ちょっとぼーっとしただけ」
このままだと寝かしつけられそうな勢いだったので、
とりあえず安心してもらおう。
「本当に大丈夫ですか? お熱はありませんか?」
伸びあがって額をくっつけようとする。
「はは、そんな大げさな」
「大げさじゃありませんよ、もしも透矢さんの身になにかあったら、雪は……」
「ああ、もうそんな悲しそうな顔しないで」
「わかりました。でもお熱だけでも確かめさせてくださいね」
そう言うと雪さんは再び伸びあがって額を合わせた。
本当にこの人は僕のこととなると退かないんだから。

「本当に大丈夫だから」
「雪の目を見て言えますか?」
額を合わせたままなので、そのまま雪さんの目を見ることになる。
紅くてきれいな瞳が僕を見つめている。
「うん、ちょっと雪さんの笑顔に見とれてただけだから」
「もう、そうやっていつも雪のことをからかうんですから……」
熱なんか無いことはわかったはずなのに、
なぜかそのまま離れようとしない雪さん。
なんだかくすぐったいような、恥ずかしいような気持ちがしたので、
ゆっくりと離れようとする……のだが、雪さんは離してくれなかった。
「ふふ、おとなしくしてくださらないと、
うっかりキスしてしまうかもしれませんよ?」
……やられた!
雪さんは、まんまといたずらに成功した子供のような笑顔を浮かべていた。
きっと僕は真っ赤になっていることだろう。
かえって熱が出そうな気がしてきた。
「どうやら本当に大丈夫のようですね。あら、どうなさったのですか?
お顔が赤いですよ?」
ようやく僕を解放しながら、にこにこして雪さんはそう言った。
やっぱりこの人にはかなわない。
このままいちゃつく方向に進むのも魅力的だけど、本題に入ろう。
「ところで雪さん」
「はい?」
「父さんのマヨイガ関係の本だけど、どこにあるかわかる?」
「あ、それでしたらちょうど雪も読むつもりで……」
なるほどね、雪さんの肩越しに、机に積まれた何冊かの本が見えた。
「それなら僕は雪さんが読み終わってからにしようかな」
「全部一度には読めませんから、透矢さんのお読みになりたいのを
お持ちになってはいかがですか?」
言われてみればその通りだ。

「じゃ、失礼して中に入ってもいい?」
「ふふ、雪のお部屋は透矢さんには常に開かれてますよ?」
あ、雪さん、またいたずらモードのスイッチが入ったみたいだ。
逆襲を試みてみよう。
「そんなこと言ってると夜這いをかけちゃうよ?」
「あら、ずっと楽しみにお待ちしてるのに、いつもそんなことおっしゃって、
一度も来てくださらないんですから」
うっ、その上目使いはズルいよ、雪さん。
「まいった、降参」
「ふふふ」
「はは」
こんなところを花梨に見られたら、今度は半月じゃすまないだろうな。

雪さんの部屋は良い匂いがした。
薬の苦手な雪さんは、芳香剤の類なんか使わないだろうけど……
「良いにおいがするね」
一瞬デリカシーという言葉が思い浮かんだが、つい口に出してしまった。
雪さんは顔を赤らめたけど、本棚に置いてある小瓶を手に取ると
「おそらくこれの匂いですね」
「それは?」
「先日アリスさんとマリアさんからいただいたポプリですよ」
「へぇ〜、でもなんでまたあの二人が?」
「なんでも透矢さんに隣町の遊園地に連れて行ってもらったお礼だとか」
にっこり……
こ、怖いって……
「だ、だけどそれなら僕に直接言ってくれればいいのに」
「おわかりになりませんか?」
「?」
「小さくても、お二人も『女』ということです」
「どう見ても男には見えないけどね。でもそれと雪さんに渡すのと関係あるの?」
「ふふ、宣戦布告ということでしょうね」
「はぁ?」
「つまりはそういうことですよ」
「いや、わからないって」
「ふふ、罪な人ですね」
なんか思いっきり煙に巻かれた気分だったけど、
これ以上追求すると非常に不味いことになりそうな気がしたので、
2冊ほど本を選ぶと僕は部屋を出ようとした。

そのとき、ふと目にとまったのは
「雪さん、編物してたんだ」
ベッドに置かれた編みかけの……よくわからないけどセーターかな?
さっきバタバタしてたのはこれだったのか
「邪魔しちゃったかな?」
「そんなことはありませんよ」
「セーター?」
「はい」
「もしかして……」
「ええ、もしご迷惑じゃなければ着ていただけますか?」
「迷惑だなんて! すごくうれしいよ」
「ありがとうございます。気に入っていただけるようにがんばりますね」
そう言うと、雪さんは編みかけのセーターを手に取り、抱きしめた。
ちょっといたずら心が湧いてきた僕は聞いてみる。
「雪さんが編んでるところ見ててもいい?」
「えっ? えっ?」
きょとんとして、次には真っ赤になってあわてている。
「そ、そんな、見てても面白いものじゃありませんよ」
にっこりしたり心配したり、今日は……いや、今日もか
いろんな表情を見せてくれる、僕だけのかわいいメイドさん。
「見せてくれないんだ」
さっきの雪さんの真似をして上目使いになってみる。
「もう、透矢さんたら」
どうやらこっちの意図が伝わったみたいだ。
「また雪のことをからかうんですね? わかりました
もしご覧になるのでしたらそちらにおかけください。
でも本当に退屈ですよ?」
そう言いながらベッドを示し、
雪さんはクッションに腰を降ろして編物を始めた。
僕は言われるままにベッドに腰掛けてそれを眺めている。

雪さんのベッド、相変わらずたくさんのぬいぐるみに囲まれている。
その中にひとつだけシーツから顔を覗かせているぬいぐるみがあった。
「おや、これは……?」
「あ、そ、それは……」
何故か雪さんがあわてている。
「あっ、ごめんね、見たらまずかった?」
「い、いえ、そんなことはありません……けど……」
珍しいな、雪さんが俯いてもじもじしてる。
「けど?」
むくむくと湧いてくるいたずら心。
「あ、あの……」
なんとかごまかそうとしている様子がかわいかった。
ちょっと困らせてみたいと思った。

だから僕は手を伸ばした。

「あっ!」
「あ……」
ふたりして固まってしまった。
ずるずると引っ張り出されたそれは、意外と大きな男の子のぬいぐるみだった。
弓道着を着た……

「……こ、これって、もしかして」
「あ、あ、ダメです!見ないでください!」
取り返そうとする雪さんと、ベッドに倒れこんでしまった。
ちょうど僕が押し倒される形だった。
僕の顔が雪さんのやわらかな胸に埋まっている。
それはそれでとても気持ち良いのだけど
「透矢さん、お願いですから返してください!」
こんなにあわてた雪さんは初めて見た。
「ゆ、雪さん、落ち着いて! ほら、もう僕は離してるから」
やわらかいふくらみ越しのせいか、えらく篭もった声になってしまった。
ようやくこの状態に気がついたらしく、あわてて身を起こす雪さん。
「も、申し訳ありません!」
そう言いながらぬいぐるみを後ろ手に隠そうとする。
「いや、僕は気にしないから。けっこう気持ち良かったし」
「あの、あの……」
聞こえてないみたいだ。
「お願いですから忘れてください!」
「うーん、でもそれってやっぱり僕なの?」
ちょっと意地悪かな、と思ったけど、確かめてみたかった。
雪さんはやっと落ち着いてきたようで、恥ずかしそうに答えてくれた。
「すみません、透矢さんに黙ってこんなこと……」
「別に怒ったりしないよ。でもよく弓道着の人形なんてあったね」
「あ、これは透矢さんが小さい頃の、古い弓道着をいただいて……」
「え! 手作りだったの?」
驚いた。器用だとは思ってたけど、あんなそっくりなぬいぐるみを作れるなんて。

「はい、昔、透矢さんが中学生になられた頃に、
雪と一緒に寝てはくださらなくなって……」
「え? 雪さんと一緒に寝てたの?!」
「はい、お昼寝のときもいつも一緒でしたよ」
記憶が無いとはいえ、今更のように教えられると、
かなり恥ずかしいような、うらやましいような。
「それで、別々に休むようになったとき、透矢さんの
古い弓道着を、お父さまがくださったものですから、つい……」
そう言うと雪さんは大事そうにぬいぐるみを抱きしめた。
僕自身が抱きしめられてるような気がして、くすぐったかった。
「こうして抱きしめていると、なんだか透矢さんがそばにいるみたいで、
安心して眠ることができたんですよ」
「そうだったの。ごめんね、僕はその頃のことをまだ思い出せずにいるけど、
寂しい思いをさせちゃったみたいだね」
そう言う僕に雪さんはにっこり微笑んでくれた。
「そんなことはありませんよ、透矢さんは雪のことを
いつも大事にしてくださいました。それにこの子もいましたから」
抱きしめられた「僕」のぬいぐるみ。
きっとその頃から、毎晩雪さんに抱かれてきたのだろう。
でもその割りにきれいなのは、とても大切にされてきた証拠だ。
少し悔しい気がしてきたな。そうだ!
「なんだか妬けちゃうな。
僕も雪さんのぬいぐるみを作って、抱いて寝ようかな」
またからかうつもりで言ってみた。

「そんな…… 透矢さんはぬいぐるみがいいのですか?」
あれ、思った反応とは違うぞ?
「透矢さんは雪じゃなくて、雪の人形の方がいいのですか?」
……しまった! またやられた!
雪さんは、例の上目使いで僕を見ているけど、口元は微笑んでいる。
「まいった。今度こそ降参、僕の負け」
「ふふ、でしたら勝ったご褒美をいただけますか?」
「はは、あんまり高いものでなければ」
「大丈夫です。このご褒美はお金なんかでは買えませんから」
また何か企んでる顔だ。
「はて、何だろう、僕にできることならいいけど」
「簡単なことですよ」
雪さんは本当にうれしそうな、
そしてちょっぴりしてやったりという顔で、僕に答えを教えてくれた。
「先程おっしゃった通り、ちゃんと夜這いに来てくださいね」
「!」
そう来たか! やっぱりこの人にはかなわないなぁ。
甘えん坊で寂しがり屋、そのくせ僕をいつも甘やかしてくれる。
この人のことを僕はずっと大事にしたいと思う。

花梨たちには絶対に知られたくないとか思いながら、
きっと今夜、僕は雪さんの部屋を訪ねることになるのだろう……
父さんの本を探していたはずが、こんな展開になるなんてね。
でもこの幸せな時間と空間。
あるいはこれこそが、僕の求めていたマヨイガなのかもしれない。

おしまい



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