新月夜話

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柔らかな女声のアナウンスが、目的の駅への到着を告げる。
僕は荷物とともに席を立ち、デッキに向かった。
扉の前に立ち、車両が停止するのを待つ。やがて扉が開き、僕の他に数人の乗客が
ホームに降り立った。
 人影も疎らなコンコースを抜け、噴水の設けられた広場を臨む。見上げた夜空に星影は
見えない。今夜は新月のようだ。
「さて…と」
 次の目的地に向かうための夜行バスの切符を確保しておかなければならない。駅前交差点の
左手角のバスターミナルに僕は足を運んだ。
 GW明けの平日ということもあり、ほぼ希望の座席で予約することができた。ひとまずの足と
宿がこれで確保された。

 バスの発車時刻までには、まだ3時間以上の余裕があった。どこかで暇をつぶす必要が
ある。
いつもならば本屋かゲーセンに足が向いているところだが、ふと、この街は海が近く、
駅からそれほど遠くない場所に臨海公園があることを思い出し、そこに行ってみることにした。
 街の人々で賑わう昼間とは、また違った雰囲気の光景が照明に照らし出されている。
イルミネーションをまとった観覧車も遠くに見える。典型的なウォーターフロント、といった
ところだろうか。
「…誰もいないな」
 独り言を呟きつつ無人の広場を歩き続ける。大き目の木立ちにさしかかったその時だった。
「こんばんは」
 抑え目のソプラノを思わせる声が僕の耳に聴こえてきた。
 声のしたほうに顔を向けた瞬間、僕は目を瞠った。上品な印象を与えるスーツに身を包んだ
若い女性がそこに佇んでいた。
 よく見てみると、スーツから上も相当のものである。整った目鼻立ち。後ろで束ねられた
長い黒髪。雅やかな雰囲気を漂わせる瞳。おそらくは上流階級の人間だろう。
「あの、何か用ですか?」
 予期しなかった遭遇に少し驚いたが、とりあえず僕は問いかけてみた。
「車が動かなくなってしまったもので、どなたか人を探していたんですの」
 声と視線には人を欺こうとする意志は感じられない。
「動かない?良ければ僕が見ましょうか?」
「見ていただけるのですか?助かります…どうぞ、こちらですわ」
 その女性に案内され、僕は木立ちの奥へ進んだ。

 林の中にある道の脇に1台のスポーツカーが停められている。どうやらそれが彼女の
愛車のようだ。
 鍵を受け取った僕は運転席のコンソール下のレバーを引き、ボンネットを引き開けた。
各部を調べていくうちに、この車の始動を阻害している要素に辿り着いた。
 僕はひとまずボンネットを閉じ、再び運転席に回った。キーを挿し、始動位置までひねって
みると、すぐにイグニッションが作動した。
「よし、動いた。…プラグヘッドがはずれかけていたんですよ」
「まあ…ありがとうございます」
 あとはひとりで帰れるだろう。そう思って立ち上がりかけた僕の肩に、細い手が伸びてゆく。
「お待ちくださいまし。…まだ、お礼も済んでおりませんわ」
 心なしか、瞳になぜか情欲めいた色が浮かんでいるように見える。
「え?そんな、いいんですよ、お礼なんて……んう!?」
礼という形でのほどこしを断ろうとした僕の頭に女性の両手が回され、おもむろに僕の唇に
 熱を帯びた柔らかな感触が覆い被さってきた。
「んっ……ん…」
「……ふ………うっ……んん……」
唇が深く強く押し付けられる。そして、そこにさらに湿った刺激が加わる。舌が僕の唇を割って
口腔に進入しようとしている。少しの間だけ抗っていたが、歯茎を刺激されて力が弱まって
しまった。
「んんっ………んっ…ふ………はふぅ……っ…ん……」
「くっ……う…んんっ……ふ…」
 さらに深く舌が挿しこまれ、互いの舌が絡み合う。唇にできた隙間からちゅっ、ちゅっという
音が息使いに混じって漏れてゆく。
「…っ……く………はぁ」
 漸く僕の唇は彼女のそれから解放された。疑問符と快感の化合物が頭の中を跳ね回る。
「ん…っ……ど…どうしてこんなことを…?」
 運転席に腰を下ろした僕の上に、彼女の身体が近づいてくる。
「今のわたくしにはこれぐらいしかできませんの。どうぞ、もっとごゆるりとなさってくださいな。
…ほら、こちらのほうはもう、こんなに…」
彼女の手が下に伸び、すでに昂っている僕の股間を捕らえる。その瞬間、そこを中心に
強烈な快感が全身を走りぬけ、僕は動けなくなってしまった。
「くっ…!」
「でも、それはわたくしも同じですわ。…ご覧くださいまし、わたくしの、ここ…」
いつの間にかスカートが下ろされ、ストリングタイプのショーツが見えている。その片方の
紐がゆっくりと解かれ、布地の下から濡れそぼった秘苑が姿を現した。
「あ…」
細い指がスラックスのジッパーを摘み、引きおろしてゆく。
「あなたさまはどうかそのままに…後はわたくしが動きますわ」
 熱を含んだ息使いを伴って、彼女の身体がさらに近づいてきた。

「んっ…」
「…う」
 外気に引き出された僕の陽根に、熱を伴った感触がもたらされる。それがそのまま陽根の
表面をなぞるように上下に動き出した。
「…っ……ん……んっ……ん……んんっ……っ……あっ……は……ああっ…」
 彼女のその動きによって次第にぼくの陽根に愛液がまとわりついてゆく。それを受ける
僕の呼吸も、快楽の波に呑まれてだんだん荒いものに変わっていった。
「…あっ……ん……っく………い……いかが…ですか…?」
吐息のあい間から彼女が訪ねてきた。
 「…気持ち…いい…です。とても…」
 「うれしい…ですわ……今度は…こちらに…くださいな」
  そう言って彼女は身体を起こし、僕の陽根を、秘苑の奥に息づく花弁の、さらにその後ろに
 導いてゆく。
 「くぅっ……っ……あ…はああっ!」
  次の瞬間、体温を伴った強い圧迫感が僕の陽根を包んだ。
「…っ……ん……く…っふ……んっ……ん……あっ……あっ……んあっ…」
  蜜壷ではなく、菊門で受け容れている。それがゆっくりと上下に動く。次第に上昇してゆく
彼女の声のヴォルテージに誘われるように、抑えようのない快感が僕の背筋を突き抜けて
ゆく。
「…くっ…あ……う…ううっ……ぼ…ぼくも……もう…」
熱を帯びた奔流が下腹部に集中してゆくのを感じる。
「…う……あ…ああっ!…わ……わたくしも……イきそう…ですわぁ……どうぞ…んっ…
このまま…あっ…なかに……おだしくさいぃ!」
  締め付けに脈動が加わり、さらに放出を促す。もう限界だった。
「くっ…う………ぐううう………っっ!!」
 熱い精が陽根を駆け抜け、彼女の体内に注ぎ込まれてゆく。
「あっ…あ……んああっ!!………はっ……はあ……はぁ…」
 射精と同時に彼女の花弁からおびただしい量の愛液が噴き出した。

「満足して…いただけましたか?」
シートに身体を横たえた僕の胸の上に彼女の上体がある。それが話しかけてきた。
営みを終えてから10分程過ぎている。
 「ええ、僕は満足できました。…あなたは?」
 「もちろん、わたくしもですわ」
 「それはよかった」
 ふと手元の時計に目をやる。デジタル表示は、バスの発射時刻の15分前を指していた。
 「失礼、身体をのけてもらえますか?」
 「…どうなさったのですか?」
 「夜行バスの発車まで時間がないのです。急がなきゃ」
 「あらあら、それは仕方がございませんわね。…もう少しこうしていたかったのですが…」
 別れ際、彼女と僕は軽く口づけを交わした。そのとき、シャツの胸ポケットの彼女の手の
気配を感じた。

 振り返らずに走り続け、バスターミナルには発車5分前に辿り着いた。急いでコインロッカーの
荷物を取り出し、バスに乗り込んでしばらく経ったとき、胸ポケットの紙片の存在にようやく
気付いた。
 二つ折りのメモ用紙大の紙片をゆっくりと開いてみる。

  今夜はありがとうございました

       xxxx@xx.ne.jp    紗綾

 ここで僕は初めてあの女性の名を知った。

 この日以来、あの街は僕の旅の密かな定番コースとなっている。
                                             (了)
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