『それは舞い散る桜のように』から。クリスマスネタで。

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 師走のメインイベント(大晦日のことですよ?)も近づいてきて、街もメディアもリビドー
わっしょいな空気につつまれるなか。大掃除のための道具の買出しの途中、一緒に買い物して
いるらしい雪村と青葉ちゃんとでくわした。
「ああ。せんぱい。これは奇遇です。いまからせんぱいの部屋に伺おうかと、青葉ちゃんと
 お話してたところなんですよ? それが、せんぱいのほうから雪村に逢いに来てくれるなんて。
 もう、これは運命の赤い糸がなせる業としか言いようがありませんね」
「おまえのその素敵思考は、その赤い糸とやらから流れてくるわけか? 大したもんだな」
「おにいちゃん、こんにちはー」
「ああ。青葉ちゃん。こんにちは。お買い物? もうすぐ大晦日だもんね。大掃除だもんね。
 いろいろと物入りでしょ?」
「対応にそこはかとなく差別を感じるのは、雪村の気のせいでしょうか?」
「赤い糸のなせる業だな。いや、まったくもって恐ろしい糸だな」
 俺の応えに一瞬不満げな顔を見せる雪村だったが、すぐにいつもの調子のテンションで
話し掛けてくる。
「せんぱいせんぱい、大掃除もいいですけど、そのまえにイベントがひとつありますよ。
 もうすぐクリスマスですよ。聖夜ですよ。この日ばかりは『え? なに? クリスマスって、
 恋人同士が過ごす日でしょ? あ、その日ってイエスなんとかの誕生日でもあるんだ。ふーん』
 というバカップルも、仏教徒であることをことさら強調するロンリーウルフも、皆で聖誕祭の
 お祝いです。さあ、せんぱいもしたり顔で日本人の節操のなさを説いてないで、追いつめ
 られた八月三十一日の小学生のごとく必死な駆け込みカップル即席カップルとともに陽気に
 はしゃぎましょー」

「相変わらず無駄にテンションが高いな、雪村。つーか、おまえひょっとして、クリスマス
 嫌い?」
「いえいえ、とんでもない。せんぱいとともに過ごせるなら、クリスマスだろうとお正月
 だろうとマグロ漁船の船上だろうと、雪村は幸せいっぱいです」
「あのね。それで、おねえちゃんと一緒にクリスマスパーティをやろうっていうことになってね、
 おにいちゃんも良かったらどうかな?」
「うーん。クリスマスは予定がぎっしり詰まってるんだけど、可愛い妹分のお誘いとあっては
 断れないな」
 懐から手帳と取り出し、ぱらぱらとめくりながら考え込むようにして応える。
「うわー。まっさらな手帳を見ながらそこまでアドリブができるなんて、かっこいー。もう
 将来は銀幕のスターですね。青葉ちゃん、いまからサインもらっておいたほうがいいかな?」
「あいや。ご安心召されよ、お嬢さんがた。義理と人情の世界に生きるこの桜井舞人、下積み
 時代に支えられたご恩は、決して忘れませんですぞ?」
「演歌の世界だね。泣けてくらぁだね」



 そして。聖誕祭前日。
「で、だ。ここにおまえしかいないのはどういうわけだ?」
 時刻は午後五時。パーティ会場に指定された桜井舞人邸には、なぜか雪村しかいなかった。
「はあ。あの、青葉ちゃんが二学期で転校しちゃう友達の送別会が急に入って、来れなくなって
 しまいまして」
「は? 送別会? なんで、きょう? 天下無敵のクリスマス・イブですよ? イブといったら、
 日本国民総出でイエス・キリストを崇め称える日ですよ? 幼きころよりクリスマスには
 クリスマス会に出席するってことは、日本国民の義務ですよ?」
「うわー。ついこの間まで、日本人の節操のなさを説いていたせんぱいのお言葉とは思えない
 ほどの変わり身の早さ。雪村、驚嘆です。というか、クリスマス会兼送別会らしいですよ?」
「なんだそのやる気のなさは。面倒くさいから両方いっぺんにやっちゃおーってわけか? 
 抱き合わせ商法ってわけですか? 公正取引委員会に訴えるぞ」

「いえ。雪村に言われましても。懐事情の厳しい学生が生き抜くための生活の知恵かと」
「んなもの、忘年会と一緒にやっとけばいいだろ」
「あ、忘年会も兼ねているそうです」
「うわ。欲張りだよ。強突く張りだよ。懐事情が厳しい学生の分際で、クリスマスも送別会も
 忘年会もやろうってわけですか。若い時分から贅沢を覚えるとろくな人間にならないぞ。
 財布の中が万年空っ風ならどれか一つにするべきだろ」
「では、送別会だけだと考えたらいいのでは?」
「うむ。それならまあ、いいだろう。で、青葉ちゃんはまだ?」
「あの? せんぱい、雪村の話聞いてます?」
 流石に引っ張るのに限界を感じたのか、雪村が素で突っ込んでくる。
 いや、俺だって判ってる。判ってるんだが、状況が状況だけに。
 このままじゃ、雪村と二人でクリスマスを過ごすことになってしまう。
 相手はあの雪村ですよ? 意識することはない。ないはずだ。はずなんだが。
 くそう。
 なんかいつもと違う不安定な自分がいた。
「あの? せんぱい、ひょっとして送別会に、なにかトラウマでもあるんですか? こっちに
 くるときに送別会をしてもらえなかったとか。あれ? そういえば、雪村、せんぱいの
 送別会に参加した記憶が……」
「だ、だだだ、黙りなさいっ! シャラーップッ!! 口を慎んでもらおうか、雪村くん。
 それ以上の個人詮索は、お天道様が許してもこの桜井舞人が許しません」
「はあ。で、どうしましょうか?」
「どうしましょうかじゃないだろ。このままじゃパーティどころじゃない。おまえ、
 烏滸がましくも美少女を自称するなら、男のひとりやふたり引っ張って来いや。美的感覚の
 狂ってる牧島あたりなら、『ねえーん、きてーん。うふんあはんばかん』の一言で飛んで
 くるだろ」
「うわ。せんぱいに多少なりとも幻想めいたものを抱いている青葉ちゃんには聞かせられない
 台詞ですね。っていうか、せんぱい、麦兵衛くんを誘ったそうじゃないですか。教室で、
 行けなくてごめんって言ってましたよ?」

「ぐ……」
 そうだった。財布の負担を軽くするために、『雪村』の一言でホイホイついてくる
純情ボーイも誘ったんだった。
 それがあのバカ、こんなときに限って肉欲より義理を優先させやがって。おまけに俺が雪村に
変なことでも吹き込むと思ったのだろうか、告げ口みたいな真似までしてくれるとは。
 そのあと、山彦を誘ったら、変態でも見るかの目つきで断られた。つーか、はっきし『正気か、
舞人?』って言われたし。『おまえ、きょうがなんの日だか知らないのか? 俺なんかに声を
かけてる暇があったら、女の娘でも誘えよな。それでも振られたら、俺が慰めてやるからさ』
なんて怪しい目つきで言われたら、それ以上はなにも言えん。
「せんぱいこそ、パーティは大人数のほうがいいから、俺が二、三人かき集めてやろうって
 言ってたのはどうなったんですか?」
「…………」
 言えない。口が裂けても言えるか。そのふたりが牧島と山彦だとは。
 なんだ、これは。全てのベクトルが負の方向に向いているみたいではないか。
「いや、過ぎたことをぐだぐだ言っても始まらんだろう。いま、大事なのは、これから如何に
 前向きに生きていくかということではなかろうか?」
「そうですよね。ポジティブシンキングは大事ですよね。買いすぎた材料は冷蔵庫に入れて
 おけば、明日まで十分持ちますもんね」
「あ、いや……」
 やるのか? ふたり、で。
 ああ。もう。俺はなにを意識してるんだ。
 いいか、雪村がこの部屋にいるのは別に初めてじゃない。
 雪村とふたりでいるのも初めてじゃない。
 なんだ、日常茶飯事じゃないか。いつもと変わらん。
 俺がおかしいのは、きょう日本に蔓延している雰囲気オブクリスマスの所為に違いない。
 知らぬ間に侵食されてるとは。侮りがたしだな。
 ただ、原因は判ったんだ。きょうがクリスマスだからなんだ。
 相手が雪村だからじゃない。……よね?

「せんぱい。ペースが速いですよ? あんまり飲みすぎると身体によくないですよ」
 結局ふたりで始まったクリスマスパーティ。ビールに非常によく似た清涼飲料水の缶を傾ける
俺に、雪村が心配そうな声をかける。
「あははは。雪村は、バカだなぁ。清涼飲料水を飲みすぎて体を壊したなんて話は聞かないぞ? 
 ほれ。雪村も、ぐいといけ。ぐいと」
 雪村の言うとおり、ペースが速すぎたのだろうか。始まってそんなに時間が経ってない
ようだったが、結構酔いがまわっていた。いつものように飲んでたはずなんだが。
「うわ。思いっきり絡み酒ですね。もう、クリスマスのムードもへったくれもないところは、
 流石せんぱいです。まあ、最初からなかったような気もしますけど」
「ははは。そう誉めるな、雪村よ」
 酒の回りも手伝ってか、だんだんと心地よくなってきた。というか、段々いつもの調子に
戻ってこれたような。
「せんぱい、食のほうがあんまり進みませんね。せんぱいが受け狙いで買ってきた豚足は
 御自分で始末してくださいね」
「ほー。この桜井舞人が、メスブタ係のことを考えて買ってきたものが、気に入らないと?」
「いえ。お気持ちだけありがたくいただいておきます」
 そんな中身のないような会話をふたりでだらだらと続けて。
 気が付いてみれば、自分の周りには、空き缶の山ができていた。
 酔いも大分まわって、少しうつらうつらしてくる。
 雪村のほうを見てみると、多少顔は赤くなっていたものの、あまり酔ってはいないように
みえた。いや、酔っ払いの判断だけど。
 なんとなしに、自分の空けた缶を積み上げていると。
「せんぱい、きょうは、楽しいですか?」
 ぽつり、と呟くように雪村。よく、聞き取れなかった。いや、言語が意味をなさないのか? 
「ん? なに?」
「せんぱい。きょうは、いつもとちょっと違いましたよね。ひょっとして、つまらなかった
 のかなー、なんて」
 照れたように頭を掻く雪村。その口調はいつもと同じような、軽口を叩く感じで。

「はあ? 阿保ですか? おのれは? そう思ったのなら、面白いことの一つでも言って
 笑わせなさい。芸人たるもの、『俺ってつまらないよね』なんて言って、慰めてもらおう
 なんてムシがよすぎます」
「あ、あはは。そうですよね。あのときから、そうでしたよね」
「それにな。クリスマスに女の娘とふたりっきりで、素面でいられますかってーの」
「えっ……」
 雪村が、驚いたように目を見開く。
 あれ? なんか饒舌になって、余計なこと言ってますか、俺?
「あの。せんぱい、酔ってます?」
「あー? 酔っ払いは酔ってるかと聞かれて、『俺は酔ってない』と応えるわけだから、
 いま自分が酔ってると思ってる俺は、酔ってないわけで。つまり、俺は酔ってない、と」
 論理的に判断すると、俺は酔ってないわけだ。まあ、論理的思考ができるってことは、
まだそんなに酔ってないんだな。
「あ。よく判りました。これ以上ない、明快なご回答で」
 そう言って、居住まいを正す雪村。
「では、酔ってないせんぱいにひとつ話を聞いてもらいたいんですが」
「おう。アメリカンジョークでも、小噺でも、落語でもドンときなさい」
「あのですね。せんぱい、この前、雪村にクリスマス嫌いなのかって聞かれましたよね?」
「あん? そうだっけ?」
「せんぱい、口を挟んだらダメです。あくまで私の話なので」
「うい。了解」
「私、別にクリスマスは嫌いじゃないです。ただ、なんとなくいいイメージがないというか、
 私の性分と相容れないのかなって。って言っても、そんな風に思うのは比較的最近になって
 からなんですけどね。周りの友達に、クリスマスが近づくと彼氏の一人も作らなきゃって人が
 結構いるんです。どこか適当なところで男の人見繕って、取り合えずクリスマスを乗り
 切らなきゃって」

 雪村の話を聞きながら、ぐいと缶を呷る。
「そういう人たちにとって、誰かと付き合うってことは、クリスマスを過ごす為の手段でしか
 ないのかなって不思議に思ったりするわけです。私なんかから見れば、好きな人と一緒に
 いられるのなら、クリスマスでもお正月でも憲法記念日でも構わないんです。で、
 クリスマスにいいイメージがないって、話に戻るんですけど」
 そこまで言って、一旦言葉を切る。てか、漸く本題ですか。
「もし、男の人もそう考えてるとして。クリスマスを過ごすことが目的になってるとして。
 それが、もし自分の好きな人だったら、ちょっと悲しいかなー、なんて。手近に、
 自分の周りをうろちょろしてる女でも見繕って、クリスマスを乗り切るかな、なんて
 思われてるのかなとか。そんなことはないって頭では判ってるつもりでも、それで、不安が
 完全に拭えるわけじゃないんです。いえ、もちろん好きな人の傍にいられれば、それだけで
 嬉しいんですが。人って欲深いものですね。一つ手に入ると、もっと欲しくなってしまったり
 するわけで」
 あ、この話はあくまで仮定の、そんな事態になったらやだなーって話なんですけど、と最後に
補足するように付け加える。
 どうやら、これで話は終わりらしい。
 えーと、要するに、クリスマスにはしゃいでる奴らが気に入らないってことか?
 雪村の言いたいことは。
「あー、つまりだな。雪村。おまえは真面目すぎるな。おまえの周りの彼氏作らなきゃって
 言ってる奴のうち、どれくらいがほんとにそれを実行してるんだ?」
「たしかに、全員というわけではないですけど」
「要するにあれだな。周りの空気、雰囲気ってやつだな。そんなこと言ってる奴も、ほんとに
 そう思ってるのか、周りに流されてやってるのか、って違いはあるだろ。おまえも、んなこと
 真面目に考えないで、適当にあわせときゃいいんだよ」
「そう、ですか」
「それで、だな。おまえのいまの話のいちばんの問題点だが、ズバリ言っていいか? 
 ちょっときつい言い方になるかもしれんが」
「は、はい」

「そうか。そこまで覚悟ができてるなら、ズバリ言おう。おまえの話は、あれだ。オチが弱い」
「は?」
「最後に、仮定の話なんですけどって、つまり、実は夢オチでしたってことだろ? あまりに
 使い古されたネタだな。王道は別に悪くないが、使いこなすのがいちばん難しいんだ」
「あ、あははー。そうですか。ダメだし食らっちゃいましたねー。次はもっとせんぱいの
 お眼鏡にかなうような話をできるよう、雪村頑張りますね」
「それとだな。雪村、おまえは……」
 そんなに心配するな。って言おうとして言葉に詰まる。
 心配するな? なにを?
 あれ? なんだっけ。さっきの話を聞いてて思ったんだけど。
「あの。せんぱい?」
 雪村がそう訊きかえすと同時に、パパンッと部屋の中にクラッカーの破裂音が響く。

「おにいちゃん。おねえちゃん。メリークリスマース」
「こ、こんにちは」
 玄関に目をやると青葉ちゃんと牧島麦兵衛がいた。手にはすでに開いたクラッカーを携えて。
「あれ? 青葉ちゃん? 麦兵衛くん? どうしてここに?」
「あのね。送別会が終わって、おにいちゃんたちまだやってるかなーって急いで戻ってきたんだ。
 そしたら、途中で牧島さんと会って」
「ええ。そうなんです。せっかく誘っていただいたのに、申しわけないと思って。部の集まりの
 ほうはあらかた終わったので、まだ間に合うようでしたら、こちらに参加させていただこう
 かと思いまして」
 さわやか笑顔で語る牧島麦兵衛。相変わらずな奴だ。

「あー。おにいちゃん。もうべろんべろんに酔ってるでしょ。お顔が真っ赤だし、目の焦点が
 合ってないよ?」
「ああっ。桜井先輩、大丈夫ですか? よかったら僕が介抱しますよ」
 気持ち悪い気遣いの言葉とともに、俺の元に歩み寄ってしゃがむと、耳打ちする。
「(……おい、貴様。酔った勢いにかこつけて、小町さんに破廉恥な真似などしでかしてない
 だろうな?)」
 どうやら、こいつはこれが心配で途中で抜け出してきたらしい。ご苦労なことで。
 もう部屋の空気はすっかりいつものそれだった。飽きるほど過ごしてきた日常だった。
 その牧島は、俺の返事を聞くことなく青葉ちゃんに呼ばれて台所へ向かった。
「あの? せんぱい、先刻なにか言いかけませんでした? 雪村、おまえはって」
 またふたりになったテーブルの向かい、雪村が訊ねてくる。






「ああ。雪村、おまえはバカだなぁって」
「ほほほ。雪村はバカですから」
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