冬休みの憂鬱
「稟ちゃん・・・・山に行こうじゃないか!」
「山に行こうぜぇ!」
掃除当番の為、いつもより遅くなった帰宅。
季節も冬に移り変わり日が暮れる時間も早くなった。お陰で今は真っ暗だ・・・
そんな中いつぞやのように家の前に陣取っていた危険人物二人組の放った言葉に肩から崩れそうになる。
夏休みが過ぎ、何故か積極的になったプリンセス三人組のせいで散々な学校生活。
親衛隊からの襲撃、周辺男子どもの嫉妬、羨望、憎悪、殺気など入り混じった視線と怨嗟の声。
精も根も尽き果て帰りつく頃にはボロ雑巾に成り果てる、そんな毎日。
しかし、今日はさらにそれに追い討ち・・・
ああ、神はなんと無慈悲なのか─────いや、目の前にいたよ・・・・
「ん?稟ちゃん・・・どうしたんだい?顔色が悪いじゃないか」
黙れ、悪魔──いや魔王。あんたのせいだよあんたの!
「おいおい、まー坊。稟殿が怯えてるじゃねえか」
怯えてるんじゃない呆れてるんです、というかあんたも共犯者だろ!
そういえば、某宗教の信者が激減し続けているとかいう噂が────
「はぁ・・・・」
大きく溜息をつくと頭痛を催してきた頭を静かに振る。
「あの・・・またですか・・・?」
心底嫌そうな声を出してみるもののこの二人にそんなことで効果があるはずもなく・・・。
先程の心配顔はどこへやら二人とも満面の笑み──というか不適な笑みを浮かべ、
「冬と言えば雪、雪と言えばスキー、スキーと言えば山、山と言えば温泉じゃねえか!」
何故にたどり着くのはそこですか・・・おじさん達、歳なんだったら早く自分の世界に帰ってください。
「さあ、稟ちゃん!山に行こうじゃないか!」
満面の笑顔でこちらの両肩を掴んでくる魔王、異様に力が込められているのはこの際忘れよう。
「稟殿、行きたくないなら行きたくないとはっきり言ってくれていいんだぜ・・・」
・・・限りなく殺意に近い気迫を込めて言われても───
もともとこの二人相手に選択肢などないのだ、一種の命令かも。
そんな訳で断れない、断ったら何が起きるかわからない・・・世界一個ぐらいなくなるかも知れない
せめてもの抵抗は深く溜息をつくことだけだ。
「はぁ〜〜・・・・で、いつ行くんですか?冬休みまでまだありますけど・・・」
この返事を了承と取ったのか二人の笑顔が怪しげ──ではなく見る間に輝きだす。
「稟ちゃんが行きたいっていうのなら今すぐにでも。ネリネちゃんとシアちゃんの了解は取ってあるから」
「何、休みなんざいくらでも作れらぁ!なんなら今すぐにでもこの国の王と掛け合って────」
「冬休みに入ってからでお願いします!」
今すぐにでも国会議事堂に乗り込んで行きそうな神様を慌てて引き止める。
それに、あんたの場合は掛け合ってじゃなくて睨み合って、もしくは殴り合ってでしょうが・・・
「ああ、それと稟ちゃん。出来ればまた綺麗なお嬢さん方を大勢呼んでくれたまえ」
「海でも山でも綺麗どころが多いに越したことはねえからな」
海はともかく山はさほど関係ないような気がするが・・・言えるはずもない
「いや〜、良かったよ・・・稟ちゃんが承諾してくれて、断られたらロープでぐるぐる巻きにして拉致しようかと思ったよ」
「そうだそうだ────っと、ところでまー坊。アレの事なんだが・・・」
「ああ神ちゃん、それなら問題ないよ。ネリネちゃんやシアちゃんの為に必死に探したからね
なかなか条件に合うのがなくてね〜・・・いっそ作ってしまおうかと考えたよ」
「ということは見つかった、てぇことだな。なら────」
何やら話し込み始めた二人、何かよからぬ事を企んでいるのは明白だが追求する気力もない。
この先いつか起こりうる光景に頭の芯に響くような頭痛を覚えながら二人の間をすり抜け我が家へと帰還する。
一歩一歩確かめるようにして来た玄関を開ければそこには成績優秀、家事万能、容姿端麗の幼馴染の姿。
「あ・・・稟君、お帰りなさい」
「ただいま・・・・」
眩暈まで催してきた意識を振り絞り、適当に返答を返すと靴を脱ぐ。
「・・・稟君、顔色悪いですけど大丈夫ですか?」
「ああ、たぶん・・・大丈・・・夫・・・」
そう言うと酷くなってきた頭痛と共にさっさと意識を手放した。
前のめり倒れていく視界の中で青ざめた楓の顔が見えたがすぐに闇に閉ざされた。
どうやら波乱万丈の日々はまだまだ稟を手放してはくれないようだ・・・・・
「雪だな・・・」「雪だね・・・」
真っ白なベールに包まれた世界。
「雪だな・・・」「雪だね・・・」
滑走するスキーヤーやボーダーで埋まったゲレンデ。
「雪だな・・・」「雪だね・・・」
そんな中明らかに周りと違う雰囲気を醸し出している二人。
「「ユーーーキーーー!!」」
ゴゴゴゴゴゴゴゴ、グチャッ。
「・・・・・埋まったな」
「そりゃ何万ホーンにもなりそうな声を出せば雪崩の一つや二つはおきるね」
遠くから眺めていた為全く被害なしの一同。
「で、どうするんだい稟?」
「どうするもなにも・・・アレは無理だろ」
うん、確かにと相槌をうつのは緑葉樹。その他の面々頷いている。
「とりあえず、前の時と同じようにあの二人の荷物は別の所に避けておくわね。
仲間だと思われたくないし・・・・」
これまた一同、頷く。
いつものように紅女史と樹の漫才があったHRも終わり、遂に冬休みに突入した。
そんな矢先の冬休み二日目、自宅で楓と談笑しながら時を過ごしていると―――催涙弾が投げ込まれ
パニくっている俺たちを余所に次々と突入してくるSWAT部隊。
ロープで簀巻きにされ運ばれていく俺、楓だけは丁寧にエスコートされていた。
そこらへんで意識を失ったが、気付けば何やら無駄に豪華なバスの中。
そこにある二人の顔を見つけた時、とりあえず泣きたくなった。
その後ネリネやシア、それに他の面々も回収してスキー場へ発進。
途中でトンネルを抜けるとそこはジャングルでした。とかいう訳の分からん状態になったりしたが・・・。
そんなこんなで夕方には無事スキー場に着いた。
(思い出したら頭が痛くなってきた・・・)
「あの、稟様?体調でもお悪いのですか・・・?」
こめかみを押さえて難しい顔をしているとネリネに心配させてしまったようだ。
「ああ、大丈夫大丈夫、ちょっと人生について考えていただけだから」
「はぁ・・・人生・・・ですか・・・」
今いちよく分かっていないような顔で苦笑を浮かべながら引きさがるネリネ。
「稟・・・それはいけないね、この歳から人生を考えるようになったらおしまいだよ。
もっと人生は楽しまなく―――そこのお嬢さん、俺様と夕闇のゲレンデを滑走しないかい?」
・・・・・早々にナンパをし始めた、樹はほっておこう。ストッパー役の紅女史もいないし。
「じゃあ、どうしようか・・・シア、ホテルの鍵は貰ってるのか?」
普通な事を普通に聞いたはずなのだが言いにくそうにしているシアを見て不安が募る。
「ま・・・まさか・・・」
「あははは・・・違うの、ホテルの鍵っていうか・・・ホテルを借り切っちゃったというか・・・・」
ぐわっと後ろを振り返る。夕闇に照らされたホテル。
一見すればログハウスみたいだが百人も泊まれるホテルだ。
(あ・・・・有り得ない)
思いっきり脱力して雪の上に突っ伏した俺に慌てて駆け寄ってくる楓。
が、その前にすっと立ち上がる―――もう受け入れたもの勝ちだ!
「はぁ・・・とりあえずもう遅いし、疲れたし、さっさと行こう・・・・」
「そうね・・・じゃ、ちゃっちゃっと行きましょう。カレハ、手伝って」
「あ、はい。亜沙ちゃん」
「すみません・・・稟様」「ごめんなさい・・・稟君」
「あ、違う違う、シアやネリネが悪いわけじゃないから―――あ、麻弓!悪いけど樹頼むわ」
「はいは〜い、この麻弓様にお任せですのよ〜」
「そこの彼女!俺様と一緒に―――ぐあっ!ま・・・麻弓か!!」
「はいはい、雪男になるのはまた今度にしましょうね〜」
「失敬な!この世界の婦女子の恋人言われた俺様を雪男などと―――はうあっ!」
「さっさと歩けー!」
・・・・・・これからも樹の扱いはアイツに任せるとしよう。
心に刻み込むと周りの痛いほどの視線を受けながら目の前の建物へと入っていくのだった。
ベランダを一歩出れば外は闇に包まれた深淵、雪を踏みしめる感触さえも危うい。
太陽の光を浴びてあれほど美しく輝いていた銀世界も夜ともなれば灰色の薄汚い世界に変わる。
吐く息さえ凍りそうな寒さ、だが火照った体に今は丁度いい。
危険人物二人が救助され(貸し切った)ホテルに戻った直後、急に始まった宴。
どこから持ってきたのやら大量の酒が並べられ、そしてすぐさま空になっていった。
そんな酒宴は未だに続いているのか背中のほうが実にうるさい、窓一枚隔てたおかげで大分マシだが。
最初のうちは良かったが酒のペースが上がり始めた時からおかしくなった。
思い出すのも嫌だ・・・ただ酒は人を壊れさせていくのだとつくづく実感できた気がする。
ほぅ、と思わず出た溜息は白い靄となって空気中に漂う。
積もった雪を踏みしめながらテラスの端まで行くと手すりに身体をもたれさせ夜空を見上げる。
ひんやりとした冷気を纏った風が優しく頬を撫でてゆく。
冬場は大気の乱れが少なく、空気が澄んでいるから星がよく見えると誰かが言っていた。
実際その通りらしい、夜空に広がる無数の光の粒子は透き通るような輝きを放っている。
一つ一つが個性的に輝き、自らの存在をアピールしているようだ。
思わず感嘆の溜息、そして夜空に吸い込まれそうになるが────
「あら、稟さん?こんな所にいらっしゃったのですね」
おっとり、のほほーんとした声に現実に引き戻された。
苦笑しつつ振り返ると金髪淑女と名高い予想通りの人物がグラス片手に立っていた。
「カレハ先輩こそ・・・どうしてこんな所に?」
「少し・・・飲みすぎてしまいまして・・・気分が悪くなったものですから・・・」
風に当たろうと、と言葉の後を取ると小さく頷き頬をほんのり桜色に染めながらゆったりと歩いてくる。
「お隣・・・よろしいですか?」と聞いてくる辺りは実にカレハ先輩らしい
麻弓辺りなら問答無用で俺を突き落として場所を占領しそうだ、亜沙先輩も・・・
想像して恐怖に身震いする───ふと隣を見ればこちらを見て笑っているカレハ先輩と目が合う。
今だけは紅に染まる頬を隠してくれる闇に感謝する、とそこでふと気付く。
「あの、カレハ先輩・・・寒くないんですか?」
見れば緑のチェック模様のフレアスカートに薄い緑のキャミソールといった格好。
肌の露出が多く夏真っ盛りでもなければお断り願いたい、この極寒の地では少々無謀というものだろう。
「酔っていますので熱いくらいですが・・・ここは少々寒いかもしれませんね」
本人は無自覚のようだが見ているこっちが寒くなってくる格好は勘弁して欲しい。
会話を打ち切るが如く、ほぅと小さく息を吐くと夜空を見上げてしまうカレハ先輩。
が、その小さな肩が寒さ故か震えているのを見逃す稟ではなかった。
小さく苦笑するとベランダに出る前に羽織ってきた紺のジャケットをそっと隣の少女の肩へと掛ける。
突然自分を包み込んだ暖かさに驚いたのか目をぱちくりさせながらこちらを見る少女。
「り・・・稟さん?」
カレハ先輩の戸惑う声に少ししどろもどろになりながらも応える。
「え〜と・・・その、ほら女性は身体を冷やしちゃいけないって言いますし・・・」
「でも、これでは稟さんが・・・」
「大丈夫ですよ、下に何枚か着てますから。カレハ先輩こそ外に出るならもう少し着てきたほうがいいですよ」
安心させるように笑みを浮かべると戸惑っていた顔に笑みが浮かんでくる。
「・・・・では、お言葉に甘えさせて頂きます」
そっと胸に何か大事なものを抱きしめるかのようにジャンパーの掛けられた肩に手を添える。
少し潤んだ透き通った瞳、そして見るものを癒すような微笑を浮かべた顔でこちらを見つめる。
その微笑は反則でしょう・・・赤くなっていく頬を隠すように夜空へと顔を向ける。
動悸が早まり少し息苦しくなる、隣から視線を感じるがひたすら前を見続ける。
「ふぅ・・・でも・・・綺麗ですよね」
澄み渡る漆黒の夜空に輝く星、星、星、これを綺麗に言わずしてなんというか・・・なのだが───
「まあ♪綺麗だ、なんてそんな・・・稟さんったら♪」
頬を桜色に染めて少し恥ずかしそうに俯いてしまう。
どうやら物凄い勘違いをされてしまったようだ・・・というかスイッチ押してしまいましたか?
「は!?いや、その夜空が綺麗ということで・・・・」
「あら、そうでしたの・・・・」
「──────いえ!そのカレハ先輩も綺麗ですけど!」
「まままあ♪」
物凄く悲しそうな顔から一変瞳を輝かせた嬉しそうな顔へと・・・
駄目だ、一生この人には敵いそうにない
大きく溜息をつくと真っ赤になった顔を隠すように再び夜空へと顔を戻す。
星々の輝きは衰えることなく祝福するかのように夜空を彩る。
しばし続く、気まずい沈黙。どちらも口を開かない。
だが、気まずいはずなのにどこか心休まる沈黙、心温まる沈黙。
どうしてなのか・・・・──────ハッ!!これが「癒しのカレハ」の力か!
この世界に生まれいずるまでいた母の胎内、安息の空間、
神の住まう教会のような慈愛に満ちた空間・・・・
思えばこんな疑問を抱いてしまったことに対する懺悔の気持ちがあったのかもしれない。
あるいは何を言っても酒に酔っていたと言う事で済ませようとしていたのかもしれない。
気付けば口から言葉が漏れ出していた。
「どうして・・・なんでしょうか・・・」
「え・・・?」
「どうしてシアやネリネや楓・・・は俺に好意を向けてくれるんでしょうね・・・。
自分で言うのもなんですが甲斐性なしですし、取り柄と言ったら我慢強いことだけですよ・・・」
少し自嘲気味に呟く俺をじっと見つめるカレハ先輩。
誰しもが持つ疑問、誰もが持たない疑問、形のない答え、形のある答え。
自分という存在に対する疑惑、他人という存在に対する困惑。
自分は一体何を求めているのだろう、どのような答えが欲しいのだろう。
これは自分で見つけなければいけない答えではないのか、人に頼ってはいけないのではないのか。
葛藤の最中に顕れるのは言ってしまったことに対する後悔、言ってしまったことに対する安堵。
ぐるぐると廻り始めた苦悩を振り払うかのようにもう一度夜空を見上げる。
一方カレハ先輩の方は片手を頬に当てて真剣に考え込んでいるようだ。
そういえば悩んでいるカレハ先輩って見たことないような・・・いつも能天気そうだから
「稟さんは・・・・皆さんのことを信じていらっしゃらないのですか?」
「・・・え?」
突然返された予想外の答えにただ反射的に聞き返すことしか出来なかった。
「稟さんの事は信じています、ですけど先程の問いは皆さんの好意を疑っているように聞こえますわ・・・」
「そんなことは・・・!」
本当にないのだろうか?
一度として彼女たちの好意を疑ったことがなかったと言えるのだろうか。
「そう・・・なのかもしれませんね」
深く溜息をついて出てきたのは肯定の言葉。
「自分の事ばかり考えて・・・どこかで彼女達の好意を疑っていたのかもしれません・・・」
「稟さん・・・」
「ふぅ、やっぱり俺って最低ですね」
「いえ、そんなことはありませんわ・・・」
自嘲気味に呟いた俺の言葉を遮るようにカレハ先輩の声が響く。
気遣わしそうな、どこか安心したような、そんな響きが込められていた。
「試すような真似をして申し訳ありません、やはり稟さんは素直な人です」
「え?」
「きっと稟さんがそのような事を考えたのも皆さんの気持ちに素直に答えようとしているからですわ・・・」
クスクスと小さく笑うカレハ先輩。困惑している俺は置いてけぼりだ。
と、ふと拗ねたような問い詰めるような顔になってこちらを見る。
「それと稟さん、プリムラちゃんや亜沙ちゃん、それに・・・私も稟さんの事を愛しているのですから忘れないで下さいね」
突然の告白に驚き身動き取れない俺が何か声を掛ける前にふわりと手すりから離れるカレハ先輩。
そのまま部屋の方へと歩いていく、辺りを包むのは静寂と雪を踏みしめる音。
と、窓の二、三歩手前で立ち止まるとくるりとこちらに身を向ける。
「稟さんには人を引き付ける何か不思議な力があるのかもしれませんわ♪」
ふわりを笑ったその顔は今までみた笑顔よりも綺麗だった。
では失礼しますね、と言って修羅場へと戻ったカレハ先輩、一人取り残された俺。
呆然としつつも笑いがこみ上げてくる、小さく吐いた息は白い靄となって星空に昇っていった。
( ´Д`)「続くの?」
(´・ω・`)「分かんない」
(;´Д`)「分からんなら初めから書くな」
(´・ω・`)「ショボーン」