宙に放り出された笑いは、淀んだ空気に溶けていく。
体中に鳥肌が立つ、背筋が寒くなる笑い。
冷却ファン。エアコン。足音。ソフトウェアMIDI。リュックサック。
棚に並んだ商品は日本の文化。クレイジーイズイージー。
適度に熱く、適度に湿った、例のあの匂いが漂う空気。
肌に張り付いたTシャツに滲んだ汗、汗、汗。
性格チェックその一
オフ会でロクに喋らなかったことがある Y/N
「これ、公然猥褻罪とかになんねえのかなあ?」
店の前に設置されたディスプレイからはパースの狂った、ついでに骨格も狂った、おまけに 身体機能も狂った、いわゆる日本のトラディショナルカルチャー、ゲームのキャラクターが演じる痴態ということになっている16777216色のCG、雑踏にばらまかれるあえぎ声。
これを当たり前と受け止める俺。
「さーな」
前にいるデブの背中に浮き上がった世界地図にも似た染み。老廃物の固まり。
「しかし、なんで今日こんなに人多いんかなあ?」
「日曜だからだろ」
この街が奏でるのはシンセドラムのエイトビート。一拍目にハイハットのオープン。銃殺刑のハングドマン。溶岩の土左衛門。廃材利用の高層ビル。時代の逆子。
自動販売機によりかかって太田は言う。
「しっかし、いつからだろな・・・?」
「結局半勃起状態なんだよ」
肉に埋もれて開いているんだか開いていないんだかよくわからない目。
古いアニメのロボットが奏でるような排気音が口からは常に漏れている。
「俺達は半勃起状態のまま飼い慣らされているんだ」
細田はいつになく疲れた顔で、いつになく抽象的な話をした。
俺はただ無言で天井を見つめ続けた。煙草を吸おうと思ってポケットに手を入れたが、ライターが無いのに気付いて小さな舌打ちをした。肝心な時にライターはない。とりあえず火のついていない煙草を口にくわえる。
俺から見ても、細田は哀れだった。哀れで、そして不快だった。
どいつもこいつもクソッタレだ。俺もその一人。まったく世の中イカレてる。
「おいおい、何考えこんでんだよ、俺達は最悪の二次元コンプレックス、そして最低のペドフィリア、社会不適格者、犯罪者予備軍、気楽に行こうぜ、気楽に」
細田はゆっくりと俺の顔を見て、また地面に視線を戻し、呟いた。
「行けるかよ」
「おおっと、言い方が悪かった。そこは別に考え込むところじゃない。どうせアレだろ? 大学ロクにいかねえで、だからっつってやることがあるわけじゃないんで毎日エロゲー三昧ってとこか、いいねえいいねえいいご身分だねえオイ!んで、オナニー後の虚脱感に身を任せて
虚しいとかこんなの現実じゃないとか考えてんだろ?くだらねえ、鼻毛が抜けるほど
くだらねえ。手持ちぶさたでケツかくほどくだらねえよ」
俺は煙草を投げ捨てた。細田は俯いたまま階段に座り込んでいる。
「ったく、暇な大学生ほどタチの悪いモンはねえ。所詮小人、閑居すれば成すは不善、ってとこだな。いいかオイ、くだらねえこと考えてる暇があったらまだ月曜提出のレポートやってたほうがマシってもんだ。知ることは損にはならないが、考えても無駄なことってのはある」
細田が顔を上げて、叫ぶように言う。顔は赤く染まっている。ったく、デブがやっても絵にならねえ。
「何が言いたいんだよお前は」
予想通りの答え。俺が何を言っているかなんて俺もわからない。
「休憩時間終わり。帰りにガッツでも買ってみろよ。考え込んでるよりゃいくらかマシだぜ」
暗い階段。聞こえてくるのはゲーセン独特の騒音。新たに細田の笑い声がそれに混じる。
ひょこひょこと揺れる細田の背を見ながらオタクの定義なんていうクソ無価値なことを考えていた。
「なあ、オイ」
ふと足を止め、細田に呼びかけた。
「ん?」
もしも細田が十五歳の少女、髪は少し茶色がかかったセミロング、年上男性をお兄ちゃんと呼ぶ気狂いだったら、ここはやはりほぇ? とかなーにー? とかなのだろうか?
「・・・やっぱいいや、なんでもねえ」
細田は、そうか、とだけ言ってまた歩き出した。こういうヤツだ。
夕日が沈んでいく秋葉原はやたらと、なんというか、小学校の下校時刻の風景を思い出させた。
ラジカセの箱、リュックサックにささったポスター、光沢のある紙袋。
外人、オッサン、ビラ配り、街頭販売、そして愛すべき穴兄弟達!
中央通りの店がそろそろ閉まるか閉まらないか、という時刻。オレンジの光は、全てを、容赦なく、平等に染める。
感傷的な気分を追い払おうと努力しても無駄なことは自明。俺は身を委ねた。
もしも俺が十五歳の少女、髪は少し茶色がかかったセミロング、年上男性をお兄ちゃんと呼ぶ気狂いだったら、ここはやはり空を見上げて三文芝居でもやるべきだろうか?
「オイ、どーしたんだよ?」
立ち止まった俺に細田が声をかける。やはり夕暮れに染まろうとデブはデブ。醜いことこの上、
「どうもしねえよ、ただな」
「ただ?なに?」
前言撤回。
「ガッツかわねえのかなあ、って」
人目をはばかることもなく笑う細田。俺は今までコイツを心の中で馬鹿にしていたことを後悔し、そして恥じた。俺はバカだ。この上なく。
「いやぁ、さすがになぁ、マウス買ったばっかだし」
今度は俺が笑った。
もしも俺達が十五歳の少女、髪は少し茶色がかかったセミロング、年上男性をお兄ちゃんと呼ぶ気狂いだったら、ここにはやはり、少し悲しげだがどこか明るいお馴染みの音楽が流れるのだろうか?
「そういや、レポートもうやった?」
「ウヒャヒャヒャヒャヒャ、今週は積みゲー処理週間でな」
失う物など何一つ無い。俺達は自由だ。
「あーもー、またかよ」
PCに向かう細田が投げやりに言った。
俺は部屋の隅に積み上げられた角でガラスが割れそうな雑誌を端から読んでいた。
もちろん読者投稿欄からだ。
「だーもー、なーんでこれがいかんかねー」
聞こえてくるのはキーボードが規則正しく、一定のリズムに乗って叩かれる音。
裏表紙にのっていたのは一体どんな購買層を見込んでいるのかがまったく不明な毒にも
薬にもならないようなゲーム、かと思ったら闘神都市2ってオイこれいつのだよ。
表紙を見てみると同級生2。
はっちゃけあやよさん、SEEK、バーチャコール、XENON、ベスト10の上位にドラゴンナイト4、なる麻雀、NoochV、デュアルソウル、V.G.U。
「なあ」
ぎんじょうめがねっこ、ってオイ懐かしいじゃねえか、ってえことはライターに
「おい、なあ」
うわ、いたよいたよ。こいつ今なにやってんだろ。ホントに両刀だったのかなあ。
「なあってば、おい」
「んだよ、熱中してるふりぐらいさせろよ」
雑誌から目を上げる。
「敦厚の敦って他に読みがあったっけ?」
「知るか」
また雑誌に目を戻す。
今年度ベストヒロインがスワティ。俺達はきっと、遙か昔から何一つとして変わっていない。
泣きだろうが萌えだろうが抜きだろうが、細田の言う通り、半勃起状態ってわけだ。なるほど、的を射てる。
「だーもー、やってらんねえ」
相変わらずぶつぶつと呟きながら、それでいてキーボードを叩くことはやめない細田。
俺は俺で、鼻で笑いながら過去の雑誌を読みあさっている。
ふとこの光景に適当な音楽をつけて、十五分もののくだらねえ映画でも作れねえかな、と思ったりした。
だとしたら音楽はTHRILL ME OR NOTで、って待てよそれだとホモっぽいからここは順当にピストルズか?
まあなんにせよタイトルはザ・インターネットだな、なんて思いつつ俺は雑誌をめくる。細田はキーボードを叩き続ける。
そうだ、帯にはでかでかと風刺の二文字を入れておこう...